夏すがた

2話 二

2,285字 約5分 2022年7月19日 公開

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 千代香はいよいよ素人(しろと)のお千代になって、ここに目出度(めでたく)神楽坂裏の妾宅に引越し、待合松風の世話で来た五十ばかりの老婢(ばあや)を相手に一日ごろごろ所在なく暮す身分となった。

 旦那の慶三は毎日夕方から欠かさず通って来る。慶三は学校にいる時分から既に遊びはなかなか巧者な方であっただけ、一時は商売人を引かして囲者なぞにしなくとも、女を好自由(すきじゆう)にする手はいくらもある。そんな馬鹿気た金を使うのは余程間抜けた人間のする業(わざ)のように悪く云っていた事もあったが、さて今度始めて経験して見ると、そこには云うに云われない味がある事を悟った。既に半年以上も買馴染んだ女ではあるが、改めて自分一人ぎりのものにして折々は丸髷(まるまげ)にも結わして見るとその結立ての丸髷が翌日(あくるひ)の朝無惨に崩れている有様なぞ、今までは左程にも思わなかったそれ等の事が、妙に不思議な新しい刺戟を覚えさせ、一刻も放したくないような心持がしてならぬのである。最初慶三はたとえ毎晩遊びに行っても決して家は明けないつもりで居たのであるが、その第一夜に彼は何の訳(わけ)もなく宿(とま)り込んでしまった。そしてその翌日も午(ひる)少し前に帰って夕方は燈(あかり)のつくかつかない中(うち)に戻って来た。

 慶三は我ながらどうしてこう急にお千代が可愛くなったのかと、今更不思議に思うばかりである。以前芸者で呼んでいる時分にはそれ程執心という訳では決してなかった。同じ土地の芸者で手を出して見たいと思う女は幾人もあった。千代香が余所(よそ)の座敷へ出ていて来られない折なぞを幸いに、慶三は既に度々箒(ほうき)をやって見た事もあった。しかしそういう時に限って、面白そうだと思って呼んで見た芸者に気に入ったものは少く、殊には四畳半へ廻って燈を消してからなおなお後悔するような事がある処から、矢張呼び馴れた奴が一番無事だと結局千代香が一番長続きしたというに過ぎない。

 お千代は円顔の鼻低く目尻が下っているのみならず猪首(いくび)でお尻が大きく、女同志の目からは遥(はるか)に十人並以下どころの事ではない、寧(むし)ろ醜婦の中に数えられる位の容貌であった。しかし男の好心(すきごころ)から見る目はまた別である。その締(しまり)のない口元と目尻の下った目付とは、この女の心の片意地でない証拠と見え、また幅狭い帯の下から隆起した大きなお尻の円味と、下締(したじめ)がよく締まらないのかと思われるような下腹のふくらみ塩梅(あんばい)は、浴衣なぞ着た折は殊に誘惑的に見られるのであった。されば二十四、五の年増になっても十七、八の若い妓(こ)同様にお客の受けがよく、一度呼ばれれば屹度(きっと)裏が返るという噂さえあった。土地の待合ではしつッこい年寄のお客へなら千代香さんでなくてはならぬようにいつも目星を指(ささ)れていただけ、朋輩の評判は甚(はなは)だ宜敷(よろし)からず、第一がケチでしみったれで、あんな無性な汚らしい女はないと後指をさされていた。全くの処、お千代には本場で腕を磨いた江戸育ちの芸者のような潔癖というものは微塵もない。家で着ている寝衣(ねまき)なんぞは襟垢(えりあか)が光るほどになっても一向平気だし、髪も至って無性で、抱主(かかえぬし)から煩(うるさ)く云われて初めて三日目か四日目位に結う位、銭湯へもお座敷のいそがしい時なぞは幾日も入らず、彼方(あっち)の待合や此方(こっち)のお茶屋で汗になった身体をそのまま、次の座敷がかかれば剥げかかった白粉(おしろい)の上塗をしただけで平気で済ましている。癇性(かんしょう)の朋輩が見るに見兼ねて時々、「千代ちゃん、お前さんもちッたア自分で身体を大事におしなさいよ。お馴染さんならいいけれど、初めての方なんざ何(ど)んな病気がないとも知れないからね。」としみじみ意見する事もあったが、一向その忠告の用いられないのを見て、遂(しまい)には、千代香見たような汚い妓(こ)はない。私が男なら到底買う気にゃなれないねえ。と遂(つい)には影口をきくようになった。

 しかし朝風呂の熱いのに飛込んで、ゆで蛸のようになって喜ぶような江戸子(えどっこ)風の潔癖は、時勢と共にお客の方にも最(も)うなくなっている。慶三はお千代の云わばじじむさいような、小股のきりりとしない着物の着様やら、出(で)ッ尻(ちり)の身体付の何処となく暖かく重いような具合やら、これに対すると何となく芸者らしくない濃厚と自由の気味合を感じるのが、折々は活動写真なぞで見る西洋のモデル女の裸体のような妙な気をさせるのであった。洒脱清楚を主とした昔風の芸者から見ればお話にならぬ大欠点が、つまり慶三の眼には尽(ことごと)くこの女の捨てがたい特色として見られたのである。

 芸者をしている時すら既にそうである。いよいよ妾にして自分一人のものと極(き)めてしまうと、お千代の身体(からだ)から感じられる濃厚な重い心持は、一日一日と宛(さなが)ら飴でも詰(につ)めて行くようにますます濃厚になって行くように思われ、慶三は独りで往来を歩いている時または店で働いている時も、絶えずお千代の肌の臭(におい)がもやもや身に付纏(つきまと)っているような心持がしてならなかった。

 女房や店の小僧どもの手前もあれば慶三は来る度々(たんび)もう今夜ぎり、明日からは決して宿(とま)らずに帰ろうと堅く心に誓いながら、宵に一杯やって二階の六畳にしけこむと、どうにもこうにも夜の明けるまでは床の中から起兼(おきかね)るのである。このまま中途半端でこの乱れた床の中に、帯紐解き乱したお千代の裸体を打捨てて行くには忍びない。打捨てて行くのはいかにも惜しいような勿体(もったい)ないような心持になる。そこで帰りがけに慶三は既に帯まで締めてしまっても、いぎたなく取乱したお千代が、私ほんとに淋しいわと甘えるような調子を出したり、或(あるい)はまたどうせ私はお妾ですからねと、本妻に対して嫉妬らしいような事でも云うと、慶三はもう無我夢中で、そのままお千代を抱きすくめたなり、ぐっすり宿込(とまりこ)んでしまわねば、その場の納(おさ)まりがつかないような気になるのであった。

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