11話 一一 太素塚
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三本木、今は可成りの都會なるが、四五十年前までは、家は無かりき。實に安政年間、南部藩士新渡戸傳氏の開拓する所に係る。一偉人と云ふべし。其の子十次郎氏も、政治家の器也。父を助けて、其の業を大成せり。今の新渡戸博士は實に、その十次郎氏の子也。余等を歡迎せられたる堺三木人氏は、傳氏の季子也。容貌態度、西園寺侯に似て、長者の風あり。新渡戸博士が英文の日本武士道を著はして、日本武士の爲に氣を吐きたるも、思へば家庭の素因の深き哉。
九月六日、朝早く、畜産學校々長高尾角次郎氏に案内せられて、其の學校に赴き、殘る隈なく見て、精しき説明をうけたり。歸つて、更に畜産事務所に開ける青年會に赴き、春汀と余と演説す。堺氏、高尾氏、岩館氏、川島氏など、青年以外の人も多く集まれり。
畜産事務所の側に、太素塚あり。これ實に偉人新渡戸傳氏を葬れる處なり。左に小龕あり。十次郎氏の靈を祀る。墓の後ろは、芝生ひろく、眺望ひらけたり。こゝを瀬戸山と稱す。南は名久井嶽を望み、北は恐山一群の山を望む。東は海に連なりて、盡くる處を知らず。西は八甲田山より十和田湖につゞける一帶の連山、この日は、雲にかくれたり。近きは三本木野、世に名だゝる牧場とて、萬馬秋肥えて、千里の長風に嘶く。奧州の風致、雄にして大なる哉。
春汀は、余が空しく三日待たせたるにもより、その他いろ/\の事情にもよりて、八戸の有志者の歡迎會に赴くを得ず。余、百穗と共に赴く。待ち設けられし春汀は行かず。天溪は旅に上るを得ず。文人にては、われひとり行く。八戸人士の失望は、いかばかりなりけむ。春江と別る。この日頃、迎へられ、案内せられ、又送られし三浦、江渡、太田の三氏とも別る。われ謹んで諸氏の好意を感謝す。
乘合馬車に乘りて、三本木を去りぬ。大島氏は途まで送らる。岩館氏は古間木驛まで送られ、一亭の樓上に小酌して別る。川崎新兵衞氏は、なほわれら二人を送つて、同じく汽車に乘る。