十和田湖

12話 一二 物見岩

1,553字 約3分 2021年6月10日 公開

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八戸は、もと南部支藩のありたる處、人口二萬、盛岡以北、陸奧東部唯一の大都會也。陸には汽車つゞき、海には鮫港をひかへたり。新聞二つあり。『はちのへ』と云ひ、『奧南新報』といふ。町にて一寸人の目につくは、三日町、六日町、廿日町など、日數を名に負ひたる町の多きこと也。

 尻内驛に下れば、浦山太郎兵衞氏來り迎ふ。『はちのへ』新聞の主筆女鹿左織氏、取締役の大島勝三氏、奧南新報社長の關野重三郎氏、印刷會社長の浦山十五郎氏、書肆の伊藤富三郎氏なども來り迎ふ。八戸驛を過ぎて、港驛に下り、更に乘合馬車に乘る。三本木よりの余等三人の外に、浦山氏と大島氏と同じく乘る。大島氏は、前日わざ/\三本木までわれらを迎へに來りて、空しく歸りたる由也。

 鮫港の人家つくる處にて、馬車を下り、物見岩さしてゆく。洋服の一紳士、遠目鏡を肩にかけて來たる。北村益氏とて、八戸の町長、『はちのへ』新聞の社長、その他三十餘種の長をかねたる八戸第一流の富豪なりとぞ。

 鮫港は、蕪島を前に控へて、風致あり。物見岩の眺望に至つては、實に雄大を極む。草ばかりの廣く長き岡が海に突出したるも、既に其の比稀れ也。東は直ちに太平洋に接す。南に種市山、名久井嶽、西に十和田一帶の山、北に恐山一群の山、みな遙に我に朝するが如し。所謂一望二十萬石の奧東の野、一眸の中に收まる。日西に沈みて、暮雲紅に、十二夜の月空にありて、はや明か也。この物見岩の大觀は、われ思ひもかけず、見て、其の意想外なるに驚きぬ。

 鮫港第一の旅館石田旅館に小憩し、また馬車に乘りて、小中野の萬葉亭にいたる。北村益、橋本八右衞門、女鹿左織、内田與兵衞、大久保徳治郎、石橋源三郎、安並正晴、米田宇兵衞、南部興寧、福士協助、伊東嘉平、大久保忠一、夏堀源一郎、戸田利三郎、大蘆梧樓、關野重三郎、福田男兒、永井正三郎、浦山十五郎、伊藤富三郎、大島勝三、前田利貞諸氏、之に例の浦山老人も加はり、三本木の川崎氏も加はりて、盛宴開かれたり。女鹿氏開會の辭をのべ、余之に挨拶す。大小歌妓十七八人あらはれたり。數日來、山中に猿鶴を友とせし身に、これはまた急激の變化哉。安並氏はこの地の中學教員なるが、余と郷里を同じうす。三千里外、始めて相逢ふ。何となく、なつかし、余等を迎ふる長古一篇を贈らる。南部氏は、舊八戸侯の一族、俳句をよくす。余に一句を贈らる。大蘆氏は偶然汽車中にて逢ひて、盛岡より知合となりたる人也。木材商にして、今は八戸唯一の煙突を有せるが、根は政治家にして、文筆の才もありと聞く。酒間、余に向ひて、

大まちに待ちし甲斐ある今宵かな

  桂の月に雲もかゝらで

 樓外の明月を見るの遑もなく、酒盃の獻酬に忙殺せらる。浦山老人自作の『夕ぐれに』の替歌を聞かせ申さむとて、歌妓に歌はしむ。松前追分も聞きたり。南部特有の踊りも、いろ/\見たり。中に面白く感じたるは、金山踊。數人の歌妓、圓くなり、頬被りし、たすきを掛け、紅裙をあらはし、ざるをさげて、靜に踊りながらめぐる。むかし鑛山の發見せられし時、始めて作りて、南部侯の御覽に入れたるものなりとぞ。

 宴を辭して馬車に乘りたるは、十二時頃なりけむ、八戸の町に入り、江渡旅館に案内せらる。第二次會終りて、大島氏去る。第三次會は、更に帳場に開かれたり。浦山老人もあり、川崎氏もあり。女將年まだ若くして、性、慧也。嬌眸、人を惱殺す。その緑滴らむばかりの廂髮、浦山老人の白髮白髯と、燈下に相映發す。戯れに即興の狂歌を作る。

八戸に過ぎたるものが二つあり

  江渡の女將と浦山太郎兵衞

 浦山氏は、奧州稀有の活動家也。氣力、指の端までも迸る。あまねく富源をさぐり、さま/″\の事業を企て、失敗しても屈せず、巨産を傾けても顧みず。老いて、氣益壯ん也。啻に八戸の名物たるのみならざる也。

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