知多の野間で

2話 二

351字 約1分 2021年11月17日 公開

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 車夫は行く行く話した。

『そら、そこに、向ふに、山が見えるでせう、あれが、内海(うつみ)の秋葉山です。あれで、知多では、一番高い山です。何でも、義朝さまは、あそこで舟から上つて、用心に用心して野間に行つたんださうです。今でも、その人達の通つたあとがあります……。さうですな、内海から、野間まで二里位あります』

 私の目の前には、遠い昔が浮んだ。京都を落ちて、美濃の大炊の宿(やど)から、ひそかに頼るべからざる人を頼りにして、一行七八人の同勢が、船で此方へわたつて来たさまが想像された。

 尠くとも、義朝の悲劇は、暗い心の悲劇として日本の歴史の中に指を屈しても好いと私は思ふ。それに、湯殿で殺されたといふ形が面白い。それに、数年経つて、その子の頼朝がわざ/\そこにやつて来て、大法会を行ふと共に、長田父子を磔殺(たくさつ)した形が面白い。

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