足柄の山水

4話 四 尼瀧

645字 約1分 2020年6月10日 公開

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郡中第一と稱せられたる尼瀧へとて、あくる日、宿の主人を導者に頼みて、河内川を遡る。凡そ一里、永歳橋のあたりにいたれば、河内川は、わかれて、三筋となる。左なるが世附(よづく)川、右なるが玄倉(げんくら)川、中なるが名詮自性の中川也。中川の右岸を上る。大佛、燒津、上原、中川の小村落あり。轉じて、路を左に取りて、一支溪を遡る。導者曰く、『これ尼棚の澤也。尼棚はこの沖にありとの事なるが、これより先へは行きたることなし』といふ。これまでが、まことの導者にしてこれからは路づれ也。このあたりには、瀧の事を棚と云ひ、奧の事を沖といふ也。

 三人とも不知案内なる窮谷の底。路も無し。石をつたひて、まだか/\と、あこがれてゆく。左崖に一瀑あり。長さ十餘丈、これかと問へば、然らざるべしといふ。又十餘丈の瀑あり。これかと云へど、なほ、かぶりふる。このあたり兩崖高くして、しかも、近く相迫りて、物凄きまでに幽峭也。既にして、溪終にきはまれり。一二丈の飛瀑かゝる。されど、その上の方を見れば、右手より、凡そ二十丈ばかりと覺ゆる瀑布奔り下れるが、全體は見えず。之に就かむとすれば、前の小瀧に遮らる。瀧壺へ落ちてもよしと覺悟すれば、攀ぢられさうなれど、十二月の末の寒天、水に落ちては閉口也。先づ寒さしのぎにとて、枯木を集めて火を點ず。火、熾んに起る。この火あらば、萬一、瀧壺へ落ちてもよしとて、身輕にして、攀ぢ上り、漸く全體を見ることを得たり。されど、水量も高さも、やゝ洒水瀑にまされるだけにて、これが足柄の第一の瀑かと、大いに失望しぬ。

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