5話 棺桶の花嫁(5)
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お千が、冷たい骸となったのは、その翌日のことだった――。
その日、杜は会社へ出たが、戦争のように忙しい仕事の中にいて、ともすれば仕事をまるで忘れてしまうことがあった。彼はなにかの隙があったら、お千と一緒に住む家を、焼け残った牛込か芝かに求めたいものだと焦せっていた。だが彼の希望は、あとからあとへと押しよせてくる会社の仕事によって、完全に押し潰されてしまった。しかもその日は、夕方になっても仕事の段落がつかず、遂に会社を出たのが夜更の十時だった。会社に泊ってゆけという上役や同僚たちの薦めであったけれど、彼はそれをふり切るようにして、懐中電灯片手に、お千の待っている家路に急いだのであった。
帰りついたのは、かれこれ十一時であったろうか――。
駈け足も同然に、バラックの幕を押しわけて家のうちに飛びこんだ杜は、その場にハッと立ち竦んだ。そこに海軍毛布を被って寝ていると思ったお千の姿が見えないのであった。寝床はそこに敷っ放しになっていたが、藻ぬけの殻だった。しかし毛布は、人間の身体が入っていたことを証明するかのように、トンネル形にふくれていた。枕は土間にとんでいた。
「お千、オイお千、――」
杜は女の名を呼びながら、厠を明けてみた。だがそこにもお千の姿はなかった。
「――とうとう、お千のやつ、逃げてしまったんだな」
杜は悲しみと憤りとに、胸がはり裂けんばかりになってきた。考えてみれば無理のない話でもあった。昔世話になった五十男といえば、ひと通やふた通でない深い情交であったに違いない。杜とはほんの僅かなことで結びついただけであった。ことに震災というものがどこまで深刻なものやら判らなかった時代に、彼はお千から大いに頼られたのであって、震災もここに二十四日、惨禍は大きかったけれど、もうそれにもいつしか慣れてしまって、始めの大袈裟な恐怖や不安がすこし恥かしくなる頃であった。そういう時にお千が杜のところを飛び出していったのは一向不自然ではないと思った――。
彼はゴロリと横になった。
ミチミの顔が不図浮んできた。それはどこやらすねているような顔だった。
(ミチミはどうしているだろうか。いまごろは、やはりこうしたバラックの中で、あの長身の青年の腕に抱かれて睡っているだろうか?)
などと、しきりにミチミのことが思い出された。お千失踪の夜に、お千のことよりもミチミのことが想いだされるのはどうしたことであろう。それは杜自身が極めて心の弱い人間であって、悲哀に対して正面から衝突してゆく勇気がないために、その悲哀を紛らすための妥協的代償を他に求めたがるのに外ならなかった。
杜は夢から夢を見た。ただ暗い床のうえに横わっているだけのことでうつらうつらとしていた。何度目かに目が覚めたとき、トタン板の裂け目から暁の光りがほんのりと白く差しこんでいるのに気がついた。
彼は改めて寝床のまわりを見廻した。もしやお千の姿がそこに帰ってきていはしないかと思ったが、それは空しき夢であった。彼女の寝床は、昨夜のとおり藻ぬけの殻であった。
ただ彼は、枕許に近い土間の上に、昨夜発見しなかったものを見出した。いや、それは発見はしたのであろうがつい気がつかなかったのであろう。それは見慣れない莨の吸い殻だった。――その莨は「敷島!」
杜は「ゴールデンバット」ばかり吸っていた。敷島は絶対に吸わなかった。お千も吸わない。
「敷島」の吸殻は三つほどあった。取りあげてみるとそこへ捨てて間もないように見えるものだった。
もう一つの「敷島」の吸殻を発見した。それは土間の中に堅く埋まっていた。土間の上はなにかを引摺ったように縦の方向に何本もの条溝がついていた。いま発見した吸殻はその下に埋まっていたのである。
土間の上の何本もの条溝は何のためについたのであろう。今朝がたは、こんなものを見なかったことは確かだ。
杜はこの条溝の伸びている方向に目をやった。その条溝は裏口の幕の下に続いて、まだそこから外に伸びているようであった。杜はそれをボンヤリ見つめていたが、そのうち起き上って土間に下り、裏口の幕を掻き分けて何気なく外を見た。
そのとき彼は、実に不思議な光景を見た。
裏口の正面に、焼けて坊主になり、幹だけ残った大樹があった。そこに人間が青い脚をブランとして垂れて下っているのであった。それが暁の光を浴びて、なんとなく神々しい姿に見えた。――お千が死んでいる。
杜は、わりあいに愕かなかった。ただしそれはほんの最初のうちだけであったけれど。
「お千が死んでいる。――お千はなぜ死んだのであろう?」
杜は裏口に立って、ボンヤリ死体を見上げていた。
よくよく見ていると、お千の首にまきついている縄は、焼けた大樹の地上から八、九尺もある木の股のところに懸っていた。縄はそこでお仕舞いになってはいず、股のところから大樹の向う側にずっと長く斜に引き張られているのではないか。縄の末端は、大樹の向う三間ほど先にある手水鉢の台のような飛び出た巌の胸中に固く縛りつけられてあった。
「ああ、これは自殺じゃないんだ!」
杜はハッと顔色をかえた。
自殺の縊死だと思っていたのが、縄の引っ張ってある具合から、これは他殺でないと出来ないことだと気がついた彼はにわかに恐怖を感じた。お千は殺されたのだ。疑いなく彼女は暴力によって此処に釣り下げられたのである。
誰だ? お千を殺したのは?
杜はだんだんと周章てだした。
さあ大変である。すくなくとも、彼自身は容疑者の一人として、警察署に連行されるであろう。自分はなにかヘマをやっていないであろうか。待てよ――。
杜は、裏口の幕をはねのけるようにして、小屋のなかに飛びこんだ。
彼はそこに今の今まで自分が横わっていた寝床を見た。その隣にはお千の空虚の寝床があった。これはいけないと思って、彼は前後の見境もなく、今まで寝ていた自分の寝床を畳んで横の方に近づけた。
そのとき、寝床の下の蓙の上に、ポツンと赤黒い血の痕がついているのを発見して、彼は驚愕を二倍にした。毛布にも附着しているだろうと思って改めてみると、幸いなことにほんの僅かついているだけだった。彼はそこのところの毛を一生懸命で《むし》った。
蓙の上の血痕をそのまま放置しておくことは、彼の弱い心が許さなかった。彼はナイフを出して、その血痕の周囲を蓙のまま四角に切りとった。
毛布の血痕と、蓙に赤黒く固まりついている血痕とは捨てては危険である。彼は咄嗟に、その二つの証拠品を、マッチ函の中に収った。これで血の脅威からは脱れることができた。
もう何か残っていないかと、あたりを見廻した。
「おお、これァ何だッ」
妙なものがお千の寝床の向う側に落ちていた。拾いあげてみると、それは古風な縫い刺し細工の煙草入であった。彼は急いで中を明けてみた。中には口切煙草が沢山入っていた。その煙草は「敷島」だった。
「ああ『敷島』だ。――」
胸躍らせながら、彼は中に残っている煙草の数を数えた。丁度十六本ある。
十六本の「敷島」――そして土間に落ちている四本の「敷島」の吸殻!
これ等は、杜が事件に対して嫌疑薄であることを証明してくれるであろうと思ったので、そのまま放置して置くことにした。彼は煙草入れを、また元のように、お千の寝床の傍に抛りだした。
だが、この煙草入れの持ち主は、誰であろうか?
夜がすっかり明け放れた。
戸外は大きな叫び声がしている。誰か通行人が、お千の死体を見つけたのだろう。杜は外に出たものか、小屋の中に待っていたものかと思案に暮れたが、どうしても小屋の中にジッとして居られずになった。それで裏口の幕を押し開いて、集まってきた朝起きの人たちと同じく、お千のブランコ死体の下に馳けつけた。
急報によって警官の出張があり、杜は真先に警官の手に逮捕せられた。
警官が後から後へと何人もやってきた。背広服の検事や予審判事の姿も現れた。現場の写真が撮影されると、お千の死体は始めて下に下ろされた。
「死後十時間ぐらい経っていますネ」と裁判医が首を傾げながら云った「ですからまず昨夜の八時前後となりますネ」
杜は、さんざんばら係官に引摺りまわされた上で、警察署に連行されることとなった。
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「ただ、正直に凡てを話して下さい。僕達がこうして君に詳しく聞くのも、結局君の無罪なる点をハッキリして置きたいためです」
と、係の検事は穏かに云った。
杜はそれが手だと思わぬでもなかったけれど、適当に検事の温情に心服したような態度を示しながら、出来るだけ詳しい話をした。しかしマッチの函の中に収めた血痕のことだけは、とうとう云わなかった。なにしろそのマッチの函を某所に隠してしまったので、もしその隠し場所などを喋ったとなると、杜のやり方に不審をいだかれるは必定であり、それから更に面白くない嫌疑を募らせてはたまらないと思ったので、血痕のことだけは云わないことにした。それは検察官のために、一つの貴重なる断罪資料を失うことになるけれども、ここに至っては、もうどうにも仕様がなかった。
「――前日に来たこの五十男は何という名前だって」
と検事は鉛筆をなめなめ杜に聞いた。
「たしか麹町の殿様半次とか云っていました」
「ええっ、殿様半次だと、――」
と警官連は半次の仕業と知ると、云いあわせたように仰天した。
「――つまりこの女の情夫である麹町の殿様半次が一番怪しいということになる。半次ならやりかねないだろう」
重大なるお尋ね者である半次は、天には勝てず、旧い友達のバラックに潜伏しているところを捕えられた。
それから取調べが始まった。
半次の前には、例の口付煙草入れと、土間から拾い上げた吸殻四個とが並べられた。
彼のアリバイは、彼の当初の声明を裏切って、遂に立証すべき何ものも見つからず、遂に彼は恐れ入ってしまった。
事件は次のように審理された。
すなわち半次は、当日お千をまた尋ねて、昔の如き情交を迫り、遂に目的を達したことは、お千の死体解剖によって明白である。
しかれどもお千は、今後の情交を拒絶し、もし強てそれを云うようであれば、半次の旧悪の数々とともに、彼の居所をその筋へ密告するからと脅迫したところから、半次は今はもうこれまでなりと思い、お千をくびり殺したものである――というのである。
これに反して、杜のアリバイは確実であった。なにしろその日はずっと会社に居り、そして会社の門を外に出たのが午後十時だというから、お千の死に無関係であることが証明された。
半次はお千殺しを頑強に否認しつづけたが、遂に観念したものか、とうとうそれを白状してしまった。係官はホッと息をついた。そしてやがて、半次を公判に懸ける準備に急いだのだった。
杜はずっと早く釈放せられて、思い出のバラックに、只一人起き伏しする身とはなった。
静夜、床のなかにひとり目覚めると、彼は自分の心臓がよく激しい動悸をうっているのを発見することがあった。そういうときには、きっとお千の最期について何か追っ懸けられるような恐ろしい夢を見ていた。
或る夢では、杜自身が犯人であって、お千を殺した顛末を検事の口から痛烈に論告されているところを夢見た。また或るときには、何者とも知れない覆面の人物が犯人となっていて、その疑問の犯人から彼が責め訶まれて苦しくてたまらないところを夢見たりした。前者の場合よりも、後者の一方の夢がずっと恐ろしかった。
恐ろしい夢から覚めた彼は、きまって寝床のなかにいて、今度は現実にお千殺しの顛末を考え直すのであった。――果して半次がお千を殺した真犯人であろうか!
敷島の吸殻といい、煙草入れといい、それからまたあの前日の会見の捨て台辞といい、半次の日常生活といい、十六貫もあろうというお千の身体を大木に吊り下げたといい、半次を真犯人と断定する材料は決して少くなかった。それにも拘らず、杜はなんとなく半次が真犯人でないような気がしてならなかった。
(どうしてそんな風に思うんだろう?)
杜は自分の心の隅々を綿密に探してみるのであった。別にこれこれと思うものも見当らないのだ。だがそのうちに、もしかするとこれかも知れないと思うことがあった。それは、あの事件の後で、杜が現場に落ちていた血痕を拭って一つの証拠を湮滅し、それからまた毛布についていた血痕の部分を鋏で切り取ってマッチ函のなかに収め、同じく証拠湮滅を図ったことである。その血痕が直接に犯人を指しているというのではないが、啻そのような証拠を隠滅した行動それ自体が杜には後悔され、そして予審が終結したのにも拘らず、その結末が彼だけには信じられないのであった。それはたしかにこの世ながらの地獄の一つだと、杜は感じたことである。
あの血痕を、それから自身持参して検事局を訪ねようかと思わぬでもなかったけれど、一日経ち二日経ち、彼は遂にそれを決行しなかった。
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それは事件があってから、もう一ヶ月に垂んとする頃の出来ごとだった。
杜はバラックの中で、明るい電灯のもとに震災慰問袋の中に入っていた古雑誌を展げて読み耽っていた。そのとき表の方にあたって、
「今晩は――」
という若い女の声を耳にして、ハッと愕いた。事件以来、それは最初に彼に呼びかけた女の声であるかもしれない。
「だ、誰です。――」
彼は恐る恐る席を立って、表の戸を開いてみた。
「ああよかった。いらっしったのネ」
「ど、誰方?――」
杜にはそれが何人であるかは大凡気がつかぬでもなかったが、ついそう聞きかえさずにはいられなかった。激しい興奮が、いまや彼の全身を駆けめぐり始めたからだ。
「あたしよォ。――ミチミ」
ああミチミだ。やっぱりミチミだった。ミチミが来た、ミチミが帰って来たのだ。震災の日に生き別れ、それから一度焼け落ちた吾妻橋の上で睨み合って別れ、それからずっとこの方彼女を見なかった。とうとうミチミは彼の前に現れた。昔に変らぬ純な、そして朗かなミチミであるように見えた。
「おおミチミ。――さあお上り」
その年はいつまでも真夏がつづいているように暑かった。ミチミは何処で求めたものか彼女らしい気品の高い単衣を着、そしてその上に青い帯を締めていた。
「よく分ったネ。こんな所にいるということが――」
「ええ。――でも、新聞に貴郎のことが出ていたわ。ほんとに今度は、お気の毒な目にお遭いになったのネ」
「いや、やっぱり僕の行いがよくなかったんだ。魔がさしたんだネ。誰を怨むこともないよ」
杜は心の底から懺悔の気持になった。
「そうネ。世の中には、自分の考えどおりにならないことが沢山あるのネ。今のあたしもそうなのよ」
ミチミはそれを鼻にかかった甘ったるい声でいって、眼を下に俯せた。そこには単衣をとおして、香りの高いはち切れるような女の肉体が感ぜられる、丸々とした膝があった。杜はムラムラと起る嫉妬の念を、どう隠すことも出来なかった。
「もうわざとらしい云い訳なんかしないでいいよ。君は正面きってあの長髪の御主人の惚気を云っていいんだよ」
「まあ、――」
ミチミは張りのある大きな眼で杜を見据えた。
「貴郎はあたしのことを誤解しているのネ。きっと御自分のことを考えて、あたしの場合も恐らくそうだろうと邪推しているんでしょ。そんな勝手な考え方はよしてよ。あたしムカムカしてきてよ」
「いやにむきになるじゃないか。むきにならざるを得ないわけがありますって、自分で語るようなものだよ。もうよせったら、そんなこと。僕は一向興味がないんだ」
「先生――」
たまりかねたかミチミは、いきなり中腰になって、杜の前に飛びついてきた。彼は全体が一度にカーッと熱くなるのを覚えた。
「先生、あたしはもともとそんなに節操のない軽薄な女なんでしょうか。いえいえそれは全く反対です。先生はそれをよく御存知だったじゃありませんか。先生がどんなことをされていても、あたしはそれに関係なく、いつも純潔なんです。魂を捧げた方に、身体をも将来をも捧げますと固く誓った筈です。それをどうしてムザムザあたしが破るとお考えなんです。あたし、ほんとに無念ですわ。無念も無念、死んでも死に切れませんわ。あたしが先生のために、どんな大きな艱難に耐えどんなに大きな犠牲を払ってきたか、先生はそれを御存知ないんです。しかし疑うことだけはよして下さい。少くともあたしの居る前では。――あたしはいつでも先生の前に潔白を証明いたします。今でももし御望みならば――」
「おっと待ちたまえ。君はまるで、夢の中で演説しているように見えるよ。長髪の青年氏と同棲していて、なんの純潔ぞやといいたくなる。もっとも僕は一向そんなことを非難しているわけではないがネ」
「まあ、そ、それは、いくら先生のお言葉でも、あんまりですわ、あんまりですわ。――」
ミチミは子供のように声をあげて、その場に泣き伏した。
杜は、曾て知っていたミチミとは別の成熟した若い女が、彼の前で白い頸を見せ、肩を慄わせて泣いているように思った。それはなんとはなく、彼の心に或る種の快感を与えるのであった。
ミチミは、泣き足りてか、やがて静かに身体を起した。両の袂を顔の前にあて、その上から腫れぼったい瞼を開くような開かないようにして、杜の方を見た。
「――覚えてらっしゃい」
ミチミは、たった一言云って、膝を立てて立ち上ろうとした。しかし彼女はヨロヨロとして畳の上に膝をついた。
「ウム、――」
そのとき杜は、不思議なものを見た。ミチミの白い脛の上から赤い糸のようなものがスーっと垂れ下ってきて、脛を伝わって、やがてスーっと踝のうしろに隠れてしまった。血、血だ!
見れば畳の上にも、ポツンと赤い血の滴りが滾れているではないか。杜はドキンとした。
「おい、ミチミ待て――」
ミチミはそれが聞えぬらしく、外へ出てゆきかけたが、何を思ったか、また引返してきて、杜の前に突立った。そしてまるで別人のような態度で、恰も命令するかのように、
「さあ、これからあたしと一緒に行くのよ。あたしのうちに行って、そしてあたしの奪われているものを、貴郎に手伝ってもらって取返すのよ。そしてあたしは、どうしても貴郎から離れないようになるのよ。さあ行ってよ、早く――」
杜はミチミの意外な力に引張られて、やがて家を後にした。
ミチミは道々、杜にくどくどと説いた。
ミチミがどうしても有坂――長髪の青年のこと――から離れられないわけは、彼のためにミチミの所有になる或る重大なる秘密物品が有坂の手によって保管されていることだ。それを取戻さない限り、有坂の許を離れるわけにはゆかない事情がある。有坂の手から、ぜひそれを取返さなければならないが、その品物は彼女のバラックの屋根の下にある一つの壊れた井戸の中に、大きな石に結びつけて綱によって垂らしてある。ミチミの手では、この重い石をどうしても引上げられないから、今夜杜に手伝って貰いたい。――というのである。
杜は承知の旨を応えた。
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