32話 第四、英国行日記 三二、英国行の終航
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七月二日(日曜)、晴れ。風波昨日よりもその度を減じ、やや平穏に復す。暑気強からざれば、食堂において礼拝式あり。左に船中所詠の五言絶句を掲ぐ。
大西洋漠漠、尽日只看雲、入夜無余響、風濤枕上聞。
(大西洋はひろびろとして、一日中ただ雲をみるのみ。夜に入ってほかに聞こえるものもなく、風と波の音を枕べに聞くのである。)
一葉向竜動、洋中日月長、人皆生倦怠、屈指待終航。
(木の葉のような船は竜動に向かい、海洋に送る日月は長かった。人々にはみな倦怠の感が生まれ、指を折ってこの航海の終わりを待っている。)
阿西海無際、雲与水相銜、白影波間泛、近看是布帆。
(阿の西の海は果てもなく、雲と水とがおたがいにふくみあう。白い影が波間に浮かぶをみる。近づいてみればそれは布の帆であった。)
暮天虹霓を見、少雨来たる。
三日、曇り。朝すでにジブラルタル海峡と同緯度の地点に航進するも、その距離なお五、六百マイル西方にあり。雲煙濛々として四涯をとざし、ために遠望するあたわず。北風に逆らいて走り、船上にわかに冷気を覚ゆ。午後、ドイツ郵船に会す。晩に至り、船客みな外套を用う。
四日、晴れ。暁風寒きこと前夕のごとし。日中に至り、大快晴となるとともに暑気を覚ゆ。午後、はるかに汽煙を認むるも船体を見ず。夜に入りて、スペイン海を過ぎてビスケー湾に入る。
五日、快晴。北風に向かいて航走す。多少の白浪を海面に見るも、ビスケー湾としてはすこぶる平穏なり。気候は不寒不熱にして、爽快を覚ゆ。午前二時、汽船を見る。当夕、最後の大合奏会あり。
六日、快晴。軟風北より涼を送り来たり、海上わずかにさざなみの紋をなすのみ。有名なるビスケー湾にして、この穏波を見るは意外なり。午時、汽船の遠く煙を吐いて走るを望む。正午、英国南端プリマス港をさる九十マイルの地点に達す。これより時々刻々、汽船、帆舟を見る。午後四時、日木軍艦二隻、戴冠式をおえて帰航の途に上るに会す。ときに風全く収まり、海水油のごとく滑らかに、鏡のごとく明らかなり。今日はじめて、無数の海鳥のにわかに来たりて船の前後に群集するを見る。四時半、灯台および陸端を認む。夕七時、船ようやくプリマス港に入り、五十余名の乗客を移して、ただちに出港す。停船約三十分間なり。九時半、天ようやく暗し。ときに半輪の明月の碧波に映射し、一帯の林巒の船にそいて走り、前後の灯台の白光を送るありて、清風船に満ち、涼影窓に入る。実にこの良夜をいかんせんの観あり。余の英国に遊ぶは、ここに三回に及ぶ。よって、左の詩を賦す。
万里蒼波一葉軽、檣間遥認陸端横、吾生堪喜良縁続、三駕長風入大英。
(万里の青い波濤をこえて一葉のごとき船は軽やかに、帆柱の林立する間からはるかに陸岸の端が横ざまにみえる。わが生を喜び、その良い縁は続いて、三たび遠くから吹く風にのって大英帝国に入ったのであった。)