南半球五万哩

4話 第一、南球往航日記(ホンコン、カントン、マニラ紀行) 四、カントンの実況

2,014字 約4分 2011年10月25日 公開

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 十二日、曇りのち雷雨。午前六時半、カントンへ着岸す。両岸、小艇の群れをなして櫛比せるを見る。これ、その名の高きカントン水上生活の実況なり。人口百五十万中、八十万は水上生活と称するも、その実三十万人くらいならんとの説なり。この水上に住する人民は一種の賤民にして、陸上に住するものと交際せず、冠婚葬祭も陸上とは全くその縁を絶ち、水居仲間にてこれを行う。教育も水陸別途なり。ゆえに、水上に別に寺院船ありて、その中にて葬儀を行い、また別に学校船ありて、その中にて教育を授くという。一船は一家にして、父子同棲するも、子長ずれば別に船を設けて分家せしむ。夜間は岸辺に集まるも、昼間は集散常なし。これを遠望するに、無数の木葉の江上にうかぶがごとし。その動くや男子櫓をこぎ、女子楫をとるも、男子船外に出ずるときは、女子自ら櫓をこぐなり。一家の生活費、一カ月三円ないし五円くらいなりという。仏山号の着せし岸は植民州と名づけ、外国人の寄留地にして洋館並立す。その州外に着するや、岸頭にわかに市を成し、その声囂々たり。

広東一路泝珠江、看過船居幾万艘、繋纜殖民洲外岸、市声楼影入玻窓。

広東(カントン)への路は珠江をさかのぼる。船を住まいとする幾万艘をみつつ行く。ともづなをつなぎとめたのは植民州のはずれの岸であるが、市中の音や楼閣の姿がガラス窓を通して入ってくる。)

 たちまちにして見物案内者、争って船中に入る。余も案内を雇い、椅子つきの轎に駕し、三人これをかつぎて半日、市の内外を周覧す。案内者はみな英語に通ず。

 カントン街路はその狭隘なること、一間ないし二間に過ぎず。轎と轎と相会するときは、徐行してようやく過ぎ去る。下に石を敷き、上に日よけを張り、白昼なお薄暮のごとくなる等は、台湾鹿港の市街に同じ。かく街路狭く、家屋高く(みな二階造り)、空気の流通あしきために、異様の臭気鼻をつききたる。西人これを評して、カントンには三百六十とおりの臭気ありという。はじめに市街の諸店を通覧し、つぎに五百羅漢、道教寺院、仏教寺院、陳氏祖廟、富豪墓所等を一巡し、丘上なる鎮海楼(五層楼)上にのぼりて休憩し、小餐(チーフェン)を喫す。楼上にありて一望するに、カントン全市眼下にありて、街区は碁盤の目のごとく、江上の行舟は蟻の動くがごとし。

五層楼上望無辺、占得満城風月権、羊港布碁家比比、珠江散葉艇翩翩。

(五層の楼の上から一望すれば果てはなく、広東(カントン)全市の風と月の鑑賞の権利を一人占めにした思いである。広州の路は碁盤のように区画されて家が立ちならび、珠江には木の葉を散らしたように小舟がひらひらと行きかう。)

広東の山よりみれば珠江なる、舟は木の葉の浮ぶかと思ふ

 楼を下りて、さらに孔子廟、水時計等、三、四カ所を歴観して帰船す。雷雨はげしく来たり、満身ためにうるおう。少憩の後、郵船会社支店長松平市三郎氏を訪い、杯をふくみ話を交ゆること約一時間にして、領事館に移り、総領事代理瀬川浅之進氏に面会す。五時乗船、驟雨ようやく晴る。領事館書記相原庫五郎氏の帰朝せらるるに会し、同乗してホンコンに向かう。江上に画船(船の周囲をえがきたるもの)の、幾百の清人をのせて上下するあり。船側に小汽船を連結してこれを動かす。その数三百艘ありという。一奇観なり。船中より市街を側観して、野外の晩景を迎う。高塔(パゴダ)の丘上または岸頭に屹立するもの数基あり。行くことようやく遠くして、河水ようやく広く、その河口に至れば広さ八マイルありという。当夜十一時半、ホンコンに着す。ときに雨はなはだしく至る。ゆえに船中に一泊す。

 十三日、曇り。ときどき驟雨一過、わが梅雨の時のごとし。午前七時、小舟(サンパン)にて本船に帰る。カントン往復水路、およそ百九十マイルあり。午時領事館に至り、総領事代理船津辰一郎氏に面会し、同氏の好意により香港倶楽部楼上において午餐を喫す。窓前に踞して湾内を一瞰すべし。新聞室、図書室の設備あり。午後市街を散歩し、日本人倶楽部に少憩し、郵船会社支店長楠本武俊氏の案内にて、同氏の邸宅に至り、特に船津領事等と日本食の晩餐をともにするの好遇を受く。邸宅は公園の背上、山腹にありて、山海の風光、軒前に懸かり、あたかもパノラマを対観するがごとし。

軒前高廈圧林邱、望裏送迎来去舟、漢客勿誇岳陽景、万千気象在斯楼。

(ひさしの前の大きな家は林や丘を圧するかのごとく、見渡すうちに客を送迎する舟が去来する。中国の旅客よ、岳陽楼の風景だけを誇らしげにいうなかれ、ありとあらゆる天然の景色はこの楼にあるのだ。)

 楠本氏の配意により夜九時、小汽船をもって本船に送られ、朦朧たる満月をいただきて帰船す。船中、別に一詩を案出す。

香港海如嚢、万船出入忙、炭煙迎暁雨、汽笛送斜陽。

香港(ホンコン)の海はふくろのごとく、万をもって数えるほどの船が忙しく出入する。船の出す石炭の煙はあけがたの雨を迎えるようにたなびき、汽笛の音が夕陽を送るように響くのである。)

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