41話 第五、北極海観光日記 四一、世界最北の市街および欧州最北の岬角
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二十八日、晴れ。未明、船すでにハンメルフェスト港内にあり。この港は北緯七十度四十分の地点にありて、欧州最北の港たるはもちろん、世界最北の都会なり。人口二千三百人、官舎、寺院にいたるまでみな木造なり。全市漁業に従事し、魚類を乾燥して輸出す。ゆえに、街上の魚臭鼻をつききたる。わが北海道天塩北見辺りの港内にあるがごとき思いをなす。市街は海と山との間四、五町にわたりて軒を列するも、見るべきほどの店なし。ただし、港内に帆船相集まり、連檣林立、幾百艘なるを知らず。欧州各国の船舶ここに至りてとどまるという。聞くところによれば、この港は毎年五月十三日より七月二十九日までは太陽の没することなく、十一月十八日より一月二十三日までは太陽を見ることなし。しかして冬期二カ月間以上の長夜は、電灯をもって日光に代う。冬中の寒気は厳なることもちろんなれども、ロシア、スウェーデンおよびドイツの北部ほどにはなはだしからずという。けだし、暖潮を受くるためなり。歩して市外に至れば、諸山みな赤壁のごとく岩石を露出し、断崖千仞なるあり。その間に残雪堆をなすも、山麓には青草々として茂り、ようやく春に入るがごとき風色なり。午時出港。これより、まさしく目的の終航点たるノールカップに向かいて急航す。四時以後は左方に渺茫たる北極海を望み、右方に屹立せる絶壁を見て北走するに、崖下に無数の小禽の上下するあり、あたかも群蝶の風に舞うがごとし。風光荒涼、自然に北極に近づきたるの心地をなす。
かくして同日午後六時、まさしく欧州最北の岬端ノールカップに着す。即時上陸。千仞の巌頭屹立して頭上に懸かる。縄索にたすけられて断崖十余町を攀じ、さらに峰頭一マイルを歩すれば茶店に達す。夏時、観光客の休憩にあつるものなり。その傍らに一碑あり、ここにて一望すれば北極までも眼中に入るべし。ただし、西北二方面は蒼溟茫々、いずれの所に尽くるを知らず。この地、北緯七十一度十一分に位し、実に欧州の極北なり。東方にはさらに一岬の突出せるを見る。しかして、後方の連山は白雪なお皚々たり。風光雄大、眺望絶佳、これに加うるに満目凄涼蕭颯の趣ありて、太古の海山に接するの思いあり。その壮快実に極まりなし。ときに夕日高く北天に懸かり、多少の雲煙を帯ぶ。同行とともにシャンパンを傾け、万歳を呼びて帰る。その絶壁を上下する石径の険悪なること、台湾生蕃界の山路を想出するに足る。その岬頭の最高点は海抜一千十七尺あり、山上には岩石あるのみ。これに緑苔の蝕するを見る。岩陰には雪なお累々たり。もし、山麓の海に浜せる地に至りては小草繁茂し、微花媚を呈し、すこぶる幽趣あり。当夕、風なくして温暖、水陸ともに寒暖六十度なり。夏時は遊覧者のために、海浜に臨時郵便取扱所を設く。また、記念物を販売する野店あり。その価廉ならず。
岬頭赤壁幾千尋、攀到三更日未沈、踞石銜杯呼北極、一宵養得百年心。
(岬の突端は赤壁のごとく高々とそびえ、これにのぼりて真夜中に至るも太陽は沈まない。石に腰かけて杯をあげ、北極に呼びかけた。この宵は変わらぬ心を養うことができたのであると。)
行尽欧洲最北郷、極洋風物不尋常、這般消息成禅語、夜半天心懸太陽。
(欧州最北端の村に行きつく。北極海の風物は尋常ではない。このようなようすを禅のことばであらわせば、夜中の天の中心に太陽がかかっていると。)
寐さめしてみれば夜中に日影あり、まだ吾夢のさめやはてざる
深夜再び上陸し、石を拾い花を折りて帰船す。終宵、海穏やかにしてむしろのごとく、一点の波痕を見ず。夜半は北天に微雲ありたれども、なお太陽の光影に接するを得たり。その位置前夜より一層高く、地平線上より九尺ほどの高所に懸かるがごとく、わが目に映じきたる。ここに停船すること午前二時に至る。船客、一人の寝に就くものなし。その雄壮かつ奇絶なる光景を望みて余念なく、あるいは歌いあるいはうそぶき、ほとんど徹夜の快遊をなす。当夕また船員の主催により、釣魚の競技会あり。船客中その最も多く釣り得たるものに賞品を与え、もって余興を助く。