51話 第六、欧州大陸紀行 五一、南米行準備
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二十四日、晴れ。当日、リバプール出航の約なるパシフィック会社汽船オルコマ号は、ストライキのために延期の報を得たれば、当時漫遊中の阪谷男爵をハイドパーク・ホテルに訪う。ときに、同氏に一詩を呈す。
不是尋常風月遊、観欧察米献皇猷、知君智海無涯底、納尽万邦経国籌。
(君の旅はただの風月の遊びではない。欧州・米国を観察してすめらみことのはかりごとをたてまつる。君の智慧の広さははてのないごとく広く深い。そこにあらゆる国の治国のはかりごとを納めているのである。)
今回の英国ストライキは空前未曾有なりというを聞き、所感を賦す。
三入英京見物情、逐年貧富失衡平、文明今日多余弊、到処集徒雷起声。
(三たび英京ロンドンに来てその様子を見たが、年をおうごとに貧富の差が大きくなって均衡を失っている。文明というものが今日は多くのそれにともなう弊害を生み、いたるところで集徒雷起が起こっている。)
集徒雷起とはストライキを訳せるなり。
二十五日、曇り。汽船出帆の急電に接し、今日午後寓所を発し、ユーストン駅より六時の最大急行に投じ、リバプールに向かう。水谷、大場両氏の送行あり。英国滞在中は、サンマース氏の厚意をになうことすくなからず、また根岸氏の歓待をかたじけのうす。別れに臨み、同氏に一作を賦呈す。
三遊竜動再逢君、気焔依然欲抜雲、回想同窓皆已逝、共傾寿酒不知醺。
(三たび竜動に旅して再び君に逢う、その意気ごみはいぜんとして雲をつき抜ける勢いがある。思いめぐらせば同窓の士はほとんど死去しているのだ。ゆえに、二人長生の杯をかたむけて酔いを忘れたのであった。)
氏は同郷にして、その出身の学校も同一なり。その当時の同窓はたいていみな隔世の人となりたるに、海外において再度相会するは好縁というべし。当夕九時半、リバプールに着し、レールウェー・ホテルに宿す。ロンドンよりここに至るまで二百一マイルの間、途中一回も停車せず、三時間半にて着駅せるは、その速力の大なるを知るべし。車窓所見二首あり。
車外牛羊歩夕陽、烟籠野草両蒼蒼、英西風月何辺好、不在江山在牧場。
(車窓の外に牛羊が夕陽に照らされてあゆみ、かすみは野の草をおおってともにあおあおとしている。英国の西部の風月はいずこがよいのであろうか、それは江や山ではなく牧場にあるといえよう。)
英吉利は山川よりも青草の、牧の姿ぞいとまさりける
二十六日、曇晴。ときどき少雨来たる。終日市街を通覧す。秋冷客衣にせまる。
八月二十七日(日曜)、雨。午前、寺院を参観し、午後、オルコマ号に乗り込む。以下は「南米行途上日記」に譲る。欧州大陸旅行中の五絶は左に収録す。
八月遊欧北、那山雪幾堆、渓頭移歩去、樹下凍風来。(那威行路所見)
(八月には欧州の北に旅し、那の山には雪が幾重にも積もっていた。谷のあたりを歩めば、樹下には凍てつく風が吹いてきたものだった。(那威行路所見))
欧洲欲尽辺、夜半日猶懸、握索攀山角、挙頭望極天。(極北夜半望日)
(欧州の地の果てるあたりは、夜なかばにして太陽はなお天にある。索を握って山のかどをのぼり、頭をあげて天の果てを眺めたのであった。(極北にて夜半に日を望む))
船声入楼穏、橋影映波明、巴里風光好、不如斯徳城。(瑞典首府即事)
(船の汽笛が旅宿に入ってくるもゆったりとして、橋の姿は波にはえて明るい。巴里の風光もよいが、斯徳にはおよぶまい。(瑞典首都即事))
嗹郊連独野、坦坦望無涯、万頃田囲屋、如観一局棋。(嗹国郊行)
(嗹の郊外の地は独の野に連なり、平坦にして遠望するも果てはない。ひろびろとした畑は家屋をかこみ、碁盤をみるような思いがした。(嗹国郊行))
独北路漫漫、農田随処寛、又知工業盛、烟柱聳林端。(独逸野望)
(独北部の道は長く遠くつづき、農地はいたるところに広がる。また、工業の盛んなることがわかるのは、煙突が林をこえてそびえたっているからだ。(独逸野望))
瑞州風月好、暁望最清新、山色明欺画、湖光濃酔人。(瑞湖暁望)
(瑞州の風月は美しく、あかつきの眺めは最もすがすがしい。山の景色もあきらかに画かと思われ、湖のかがやきは濃密に人を魅了した。(瑞の湖の眺め))
客裏尋巴里、曾遊夢未余、世陰河畔路、依旧鬻陳書。(巴里偶成)
(旅遊のうちに巴里をたずねた。かつての旅の様子は夢のごとくまだ残っている。世陰河のほとりの道には、以前のごとく古書をならべて売っていた。(巴里偶成))
勃婆街上歩、衣湿覚汗生、何薬能除暑、葡萄酒一傾。(同上)
(勃婆街を遊歩すれば、衣服はしっとりと汗にぬれた。いったいどんな薬がこの暑さを防ぐことができようか、それにはブドウ酒をかたむけることなのだ。(巴里偶成))
欧州を一巡し、今日の盛況を見て賦したる一律あり。
文運駸駸振古稀、百工万学究精微、波頭無軌車能走、雲上有船人自飛、開拓鬼神幽裏道、発明造化秘中機、喜吾跋渉欧洲野、満手拾新知識帰。
(学問文化は急速に進むことはかつてない。各種の職人やあらゆる学問は精微をきわめ、波の上をレールもなく汽船にのせて汽車はゆき、雲の上に船らしきもの〈飛行機〉があって人はみずから飛ぶ。神秘の奥深いところに道をきり開き、造物主の秘中の機械を発明した。かくのごときことどもを喜びつつ私は欧州の野を歩きまわり、両手一杯に新知識を手にして帰ろうと思う。)