5話 〔大詰〕 第三場 軒の山桜
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お蔦の家の前、桜の木の老い木と若木と二本植わってあり、花が咲いている。
利根川が家の横にやや遠く見える。
茂兵衛が入口の前に棒を提げ立っている。
市、甚太、彦が茂兵衛に肉薄し、根吉は少し離れている。
河岸山は儀十の傍に付いている。その一方にいわしの北公が二、三人つれて、立会人格で見ている。
茂兵衛 (黙って睨んでいる)
市甚彦 (三人は口々に「邪魔だ退け」「退けったら退け」「退かねえか野郎」と騒々しく俄鳴り立てている)
儀十 静まれ。(茂兵衛に)どこの何者か知らねえが、邪魔するな、退け。この家のイカサマ師の仲間だというなら、次手に睡らせてやってもいいぞ。
河岸山 (儀十に)脛を一本、ちょッとやりますかな。
茂兵衛 手前か儀十とは。中相馬の人達に聞いてみろ、評判が悪いぞ。手前よく堅気を脅かすとなあ、悪い癖だ。そんな奴には痛い目させるが一番薬だ。
籠彦 何だと、ナマいうな。(猪口才に出る)
茂兵衛 まだ懲りねえか。そらよッ。(彦を叩きのめし、市、甚を叩き伏せ。河岸山が抜き討ちにかかるを打ちのめす。北公等が、一斉に組んでかかるので、棒をすて、取って投げて目をまわさすのが角力のワザ)
儀十 (角力のワザならこちらの得手で、ニヤリとして、肌脱ぎとなり)野郎、一騎打ちだ。棒をとるな、棄てろ。
茂兵衛 よし。(棒を棄てる)
根吉 (今までじッと見ている。敢然として儀十に先んじ茂兵衛にかかる)
茂兵衛 (押え付けて顔をみる)お前はこの中では少しマシだ。退いてろ。
根吉 俺達には理も非もねえ。たった一つ意地ばかりだ。(飛びかかる)
茂兵衛 (押え込んで)そんならお前ちッとの間、静かになれ。(当身を食わせ、倒れるを少し介錯して、地に寝かす)
儀十 野郎ッ。こいッ。
茂兵衛 何をいやがる。(儀十を突き立て突き立て、小手をとってブン廻し、手許に引付け家の中へ向って)あらまし形はついたようでござんす。(儀十の急所を圧す)
儀十 (気絶する)
お君を負うた辰三郎、少し、荷を持ったお蔦が出来るだけの旅装で出てくる。
茂兵衛 飛ぶには今が潮時でござんす。お立ちなさるがようござんす。
辰三郎 お蔦から話を聞きました。僅なことをいたしましたのに。
茂兵衛 いらねえ辞儀だ。早いが一だ。
お蔦 (人の倒れ伏すを見て)あッ。
茂兵衛 なあに死切りじゃござんせん。やがて、この世へ息が戻る奴ばかり。
辰三郎 それでは茂兵衛さん。ご丈夫で。
お蔦 お名残りが惜しいけれど。
茂兵衛 お行きなさんせ早いところで。仲よく丈夫でおくらしなさんせ。(辰三郎夫婦が見返りながら去って行くのを見送り)ああお蔦さん、棒ッ切れを振り廻してする茂兵衛の、これが、十年前に、櫛、簪、巾着ぐるみ、意見を貰った姐さんに、せめて、見て貰う駒形の、しがねえ姿の、横綱の土俵入りでござんす。(入口から家の中へはいる)
茂兵衛が桜の下に佇む。
茂兵衛 (気絶している者共を見張っている)
幕
昭和六年五月作