7話 七
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計之介は三十五歳のとき江戸詰になり、中老のまま留守役監事という役についた。知れているとおり留守役は藩の外交官で、監事はその事務を統轄する役目だった。仕事はごくじみちであるが、藩政の全般を知るのに適した位地であるため、後年彼には非常に役立ったようである。
江戸詰の任期は三年であるが、役付きになったために、計之介は江戸に六年いた、このあいだに国許へ二度帰ったが、そのたびに、彼の人柄が変ってゆくのを、周囲の者ははっきりと認めた。躯もがっちりと固肥りになり、顔つきには意志の強さと、一種の威厳さえあらわれだした。帰国すれば杉丸東次郎と会い、二人だけで食事をするのが例であったし、そのときはうちとけたようすで、いかにも楽しそうにするのだが、しかもなお、身分の差というものが歴然と感じられるのであった。
「みごとに立ち直ったものだ」と東次郎は深江に云った、「もうまちがいはない、彼はきっと国老になるぞ」
かつて予想された評が、しだいに家中ぜんたいの輿望になっていった。
留守役監事を六年勤めた彼は、側用人にあげられて、二百石加増された。側用人はむずかしい役で、どう勤めても悪くいわれやすい。藩主と重臣の間に立つから、些細なことでもすぐ批判のたねになる。肉躰的にも精神的にもつねに負担が大きく、よほど健康で頭がよくなければ勤まらなかった。
側用人になったとき、彼は名を頼母と改め、長男の小太郎に計之介をなのらせた。彼はその役をみごとに勤めた。江戸でも国許でも評判は上々で、特に藩主の信任が篤く、しばしば褒賞されて刀や衣服を賜わった。そうして四年、いよいよ国老になるときが来ると、彼は躯の不調を理由に退職の願いを出して、家中の人たちを驚かした。
城代家老は殆んど終身であるが、江戸と国許を通じて、次席以下四人の家老は五年が任期になっており、一人は中老から選ばれるのである。ちょうどその中老の交代する年になって、頼母は退職願いを出したのであった。周囲の者も思いとまるように云い、藩主からも特に慰留の沙汰があったが、彼はどうしても辞意をひるがえさなかった。
――躯の調子が悪いので、このままでは充分な御奉公ができない、将来お役に立つためにも、二三年お暇を頂いて健康をとりもどしたい。
こう云ってついに職をしりぞいてしまった。
もちろんそれは口実で、杉丸東次郎だけには本心を語った。
「私は順調に出世しすぎた」と頼母は云った、「これまでは幸い不評も買わずに済んだが、このまま国老になれば必ず反感をもたれる、私にはそれが眼に見るようにわかるんだ」
「そうかもしれない」と東次郎が云った、「しかし次の交代は五年さきになるよ」
「そうらしいな」
「五年のあいだ情勢が変らずにいると思うのかね」
「どうだかな」と頼母は云った、「交代国老を待っているとすればその点も考えるだろうが、私は五年も遊んでいないつもりだよ」
東次郎は頼母の顔を見た。頼母は微笑しながら頷いた。
「そうなんだ」と頼母は云った、「杉丸だけにうちあけるが、私は城代が望みなんだ」
東次郎は圧倒されてものが云えなかった。
――たいした人間になったものだ。
と東次郎は心の中で呟いた。
――だが、本当にこの男は城代になるかもしれぬぞ。
頼母の隠居生活が始まった。長男の計之介は十五歳、二男の杉之助は十三歳になっていた。頼母は殆んど子供には無関心で、藩の文庫から書物を借り出しては読み耽り、また草鞋がけで弁当を持って、領内を丹念に歩きまわったり、熊井川へ魚釣りにでかけたりした。城代家老を覘っているなどというそぶりは些かもみえない、それは誰の眼にもまさに保養している人の姿であった。
九月になったばかりの或る日、――
頼母は熊井川へ釣りにでかけた。そこはまえにもいちど来たことがある、観音寺の丘陵をまわった流れが右へ大きく曲って、かなり広い淀みをなしており、汀から川の中までびっしりと葦が茂っている。――頼母は萱笠をかぶり、腰には脇差だけ差して、袷の着ながしであった。堤からおりたところは、脆くなった堤の土が崩れるため、ひとところ高く、水の中へと突出ている。彼はそこを選んで釣竿の支度をした。
秋の朝のやや冷たい風が吹いていた。
頼母の釣りは魚を釣るのが目的ではない。安逸のふうを人に(もし見られたばあいには)示せばいいので、釣ることにはなんの興味もないのであった。釣糸を垂れた彼は、竿を足もとの土に突き立て、自分は堤の斜面へ腰をおろした。
風の渡るたびに、葦は片方へなびき、黄ばみはじめた葉と葉が、さわさわと乾いた音をたてた。
まもなく三寸ばかりの鮒が釣れ、続いて三尾かかった。そうして、また竿を土に突き立てようとしたとき、土の下でつかえる物があり、さらに強く突くと、なにか割れるような手答えがあった。どうやら箱でも埋まっているらしい、――彼は竿で土を掘ってみた、するとはたして文箱のような物が出て来た。
「たしかに文箱だ」と頼母は呟いた、「こんな処にどうしてこんな物を埋めたのか」
箱には紐が結んであった。腐ってぼろぼろになっているため、触るとすぐに千切れたが、箱を結んだ紐だということは、金具があるのですぐにわかった。箱もすっかり腐朽しているけれども、ところ斑に漆や蒔絵の残っているのが見えた。
風が来て、さっと葦がそよぎ渡った。
頼母は蓋をあけてみた。中に手紙が入っていた。彼はそれを取出して、丁寧にひろげていった。ずいぶん古いらしい、紙は茶色になって、糊のために貼り付いている。巻きほぐすにしたがって、貼り付いた部分が剥げたりまた裂けたりした。そのうえ書いてある仮名文字も(それはあまり上手でない女の筆跡だったが)水のため滲んでいるので、判断できない部分が多かったが、ひろいひろい読んでゆくと、左のような意味のことが書いてあった。
――けいさま、あたし死んでゆきます。
書きだしにはそうあった。
――あたしが死ぬ気になったのは、今夜のお二人の話を聞いたからです。けれどもそれだけが理由ではありません、本心を云うといまが死ぬときだと思うからです。
あたしはいま身も心もよろこびと幸福でいっぱいです。あたしはあなたとめぐりあい、こんなにも愛しあうことができました。あたしも身についたものをぜんぶ棄て、義理を欠き、生れた土地を去ってあなたお一人により縋りましたし、あなたもあたしのためにお家やお名を忘れ、なにもかも棄てて下さいました。
――あたしの心にもからだにも、あなたの愛情がまだ火のように熱く燃えています。あたしは人が三度生れて来たよりもよけいに生き、もっと深いよろこびと幸福を味わいました。あたしはいま、――こんなにも強く愛しあった人がほかにいますか、と叫びたいような気持です。この幸福な、燃えるようなよろこびが消えないうちに死にます。かがみを黙って頂きますが、これをあなただと思って、いっしょに抱いてゆきたいのです、どうかおゆるし下さい。
――ああけいさま、あたしが死んでゆくいま、どんなにうれしく仕合せな気持でいるか、あなたにわかって頂けるでしょうか。……いまあなたはよく眠っていらっしゃる、観音寺の鐘が二時をうちました。ではこれでお別れ致します。けいさま、さようなら。
終りに名が書いてあるが、字がすっかり滲んでいて読めなかった。頼母は「ふん」と鼻をならした。
字もうまくないし文章も拙い。だが、そこには恋のよろこびが凱歌のようにうたってあった。それは恋の陶酔のなかで死んでゆく女の、歓喜と勝利の叫びといってもよかった。
――頼母はなにか思いだしたろうか、いや、なにも思いだしたようすはない、彼は軽侮の眉をしかめた。「よろこびと、幸福か」と彼は云った、「ふん、これを書き遺して死んだんだな、――どんな女か知らぬが、ばかなことをしたものだ」
頼母はその手紙を投げ捨て、もういちど釣竿を土に突き立てた。
風が渡って来て、葦が片向きに、葉をそろえてなびき揺れた。さわさわと乾いた音をたてながら、――葦たちはなにか囁きあっているようであった。十八年まえの或る夏の早朝、濃い霧の中であった出来事と、いま頼母が手紙を投げ捨てたことについて、……風がしきりに渡り、葦はさわさわと鳴りなびいていた。
頼母は堤に腰をおろし「城代」をものにする計画を、たのしげに考えはじめた。