21話 二十一(1)
読み方を変える
昨日の雨が未だ止まなかつたが六時頃に『広島にて、さる人』と云ふ名前で、女の手紙が来た。勿論それは鶴子からである。鶴子は御身の事が恋しくて堪へられぬ。恁那に恋しくては広島で三年も勉強を続ける事が出来るかと思ふなど書いて来た。然し此手紙を見るに別に永遠に夫婦にならうとか公然許婚しようなど云ふ文字も見え無い。のみならず、未だ自分を慕ふ情が足らぬと思つた。
が、鶴子と自分の関係を思つて、父と自分の関係、お梅と自分の関係を思ふと、今にも消えて了ひたい様な気がした。
そして鶴子の様な美しい女に対して自分の様な美しく無い境遇に居る者は、どうしても、永遠の夫婦にはなれぬと云ふ気がした。
色々考へて居ると『如何でも善い。アヽ死にたい……死ねねば人でも殺してみたい』と云ふ気が唯起る。自分ながら恁那危険な情緒が起つて来ると、マツチを取つて家でも焼いて見たいと思ふ気になる。で、台所へ行つてマツチを取つて来て玄関の障子を焼いて見ようと云ふ気になつた。然し玄関はあまりだと思つたから、中の間の障子に一寸付けて見た。本当に焼けたならと心配したが『アヽ焼けても善い、灰になつても善い、自分も焼けて灰にならう。恁那世界に生きて居るより灰になつてみた方がフンヤリと心持がいゝだらう』と思ふ。中の間の南から二枚目の障子に火を付けた。ぼーと燃えたが障子の格子も畳も家もと思つたに、焼けも燃えもしない。上まで燃えて行つて鴨居の所で止つて終ふ。之ぢやも一枚焼いて見て遣らうと思つたから南から三枚目の奴にも付けて見た。之れは前よりも好成績で紙の燃え様も盛であり、障子の燻つたのも甚しかつた。も一枚と思つたが此上焼いて真に家を焼くと、町内を騒がしても面白くないと思つたから止めた。序に鶴子からの手紙に火を付けて焼き捨てゝ了つた。
幸ひに恁那乱暴して居る間、お梅も父も吉三郎も益則も出て来なかつたので善かつた。何に出て来ても血を見るまでさと思つたが、それでも出て来て喧嘩するより喧嘩しない方が遥かに善いと自分に祝詞を云つて家を出た。然し今日も学校には出席しなかつた。
家を出て何処へ行かうか? 今日は雨降りだ。昨日の様に奴ヶ原で座禅を組むと云ふ事は出来ぬ。それかと云つて大麻山の真似をする勇気も無い。一つ之れから小松島の方へでも遊びに行かうと思つたから徳島橋を渡つて、県庁の前を通つて、富田橋を越えて、徳島新報の前へ差しかゝつた。
軒下に吊してある新聞を見ると田舎新聞に善くある下手な小説の画が三面に入つて居る。下手な画の下に粋な話と云ふ見出しで、
『話は少し古いが此間富田橋竣工祝賀会の白糸亭に開かれた折大和楼の三七、錦楼の鳴門は市長から祝儀を沢山戴いたが散会後二人共三宜亭へ市長に呼ばれて翌朝早くコソ/\と帰つて行つたとか、粋な市長にはありさうな事だ』