死線を越えて 01 死線を越えて

24話 二十三

5,276字 約11分 2022年7月10日 公開

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 神戸へ上陸つた、栄一は故意と鍛冶屋町の店にはよらなかつた。そしてすぐ湊町四丁目の口入屋の手を経て東出町の沖仲仕の権蔵部屋に送られた。

 栄一はこれが、自ら受く可き苦き盃であることを信じた。栄一は何処かの工場に送つてくれと口入屋の亭主に頼んだが、不景気で何処にも口が無いからと云ふことで、たうとう東出町の権蔵部屋に送られた。

 権蔵部屋の生活はあまりに苦し過ぎるものであつた。畳一枚に二人平均に詰込んで、狭い天井の低い、物置きの様な所に寝かされた。栄一には革命も社会主義も凡ての理想問題も一度に消えた。社会改造さへも許され無い程堕落し過ぎて居ると云ふことに気がついた。彼は毎日土方の手伝にやられた。或時はまた鉄のヅクを担はされた。沖仲仕に出て、ウヰンチ番位になりたいと云ふ理想も有つたがそれは理想ばかりで有ることがわかつた。熟練の無いものは仲仕さへ出来ないと云ふことが理解された。部屋ではすぐ栄一に『青瓢箪』と云ふ綽名がつけられた。栄一は屋根を葺く時に用ふる土を運ぶことが、自分に最も適したものであることがわかつたので毎日それを志願して、遠く脇浜から御影あたりまでも人足に買はれて行つた。栄一は全く理想を殺した。そしてその日一日が面白く可笑く、送れたら善いのだと云ふ様なことをも考へて見た。然しすぐに友人を作つた。前科二犯あると云ふ坂井と云ふ五十男は人足頭であつたが、何か知らぬが特別に親切にしてくれた。然し権蔵部屋に来てから十五日目に勘定を楽しみにして居たものが、月末に延びたと云ふので失望した。が、権蔵部屋の悪辣なことを知るには暇がかゝらなかつた。月末が来た時に栄一は二十三日の労働に僅か二円三十銭しか貰ふことが出来なかつた。その他の労銀は何とか理窟をつけて、権蔵部屋の主人が捲き上げてしまつた。

 栄一は新聞に渇ゑた。二十四五日間と云ふものは新聞らしいものを見なかつた。手紙の一通も受取らなかつた。シヤツにも虱がわいて痒かつた。然し仕事から帰つて来て、洗濯する勇気などは全く無かつた。仕事から帰ると彼は二階へ這ひ上ることさへたいぎに思つた。又着物を着換へる勇気さへ無かつた。それで三日目に一度位はそのまま寝た。或時の如きはあまり昂奮し過ぎて寝られぬことさへあつた。そんな時には仲間が酒を呑んで居るのが羨ましかつた。然し彼は酒を呑む勇気が無かつた。多くの労働者は仕事から帰つて来て、新開地の方へ活動写真を見に行つた。或者は福原遊廓へ素見(ひや)かしに行つた。然し栄一はそれを見る為めにこの上十町以上も歩いて見る勇気は無かつた。助平連は女郎買の話をして居た。然し栄一は、性慾を起す元気さへも無かつた。彼は中性の様になつて居た。今彼には理想も、性慾も、希望も、親友も、文化も、新聞も、金も、着物も、体格も、安らかな寝床も、書物も何にも無かつた。彼は自分に『今僕は消極的聖人だ』と云つた。全く彼は聖人で有つた。彼は賃銀として一日六十五銭を貰ふ筈で有つたが、それは表面だけのことで有つて、食費として五十銭を除き去られると、一日十五銭しか剰らぬ勘定になつて居た。然し彼はその十五銭に対する所有権をも捨てた。髪がのびた。然し散髪する必要が無かつた。味噌髯が生えた。然しそれを剃る慾望も無かつた。折々大きな店の装飾棚や、硝子戸の前に立つて、そのみすぼらしい姿を憐れんだ、が仕方が無いとあきらめて居た。

 彼は社会の凡てを呪ひたかつた。ドン底に落ちて、始めて社会の呪ひ方を知つた。然し彼にはペンも紙も机も電気燈も無かつた。権蔵部屋には十畳敷に二十二人も詰まつて寝るのだが、そこには五燭の電気が一つしか無かつた。彼は仕事場で思ふ存分『睾丸政(きんたままさ)』と云ふ男から毎日のやうに侮辱された。睾丸政は彼が『かた睾』で有る為めに、こんな、あだ名をつけられたのである。彼は二番の消防の筒先だと云ふのが自慢で、仕事場では火事の話ばかりしかしないが、栄一は話があんまりつまらぬから、返事もろく/\しなかつた。それで頭から、『書生ツポの青瓢箪は生意気だ』と云つて『鉄砲担ぎ』――(屋根に土を運ぶ時に、桶に土を入れて、鉄砲の様に肩にのせて、屋根に上つて行くことを鉄砲担ぎと云ふ)――をやつて居る時でも、無理な註文ばかりするのである。或時の如きは土の運びやうが遅いと云うて、彼を屋根の上から衝き落したが、幸ひにして『なる』(柱)にひつかゝつて下まで落ち無くてすんだ事もあつた。栄一が坂井を徳としたのは、睾丸政が栄一をいぢめる時にいつでも栄一を助けてくれたからで有つた。栄一はそんなに、いぢめられる時にいつも泣いた。そして彼は早やく自由の身になりたいと神に祈りたかつた。然し彼は自分が全く奴隷以上の苦しい生活に沈められて居ることに気がついても神に祈る信仰も無かつた。彼はたゞ、部屋に誰かゞ捨てゝ有つた鉛筆と『実業之日本』を拾つて、『いぢめられ日記』を書いた。

 その『いぢめられ日記』は実に悲惨なもので有つた。栄一はドン底より実在を呪つた。また或時は自殺しようかと考へて見た。また或時は社会主義のことを考へて見た。然しまた社会主義の時代になつて、この『睾丸政』の様な執政官に出会したものなら、とてもやり切れないとも考へた。

 彼は権蔵部屋に来て最初に貰つた二円三十三銭の金で単衣の古手を一枚買うた。それは一枚二円で有つた。十五銭で丸坊主に頭を刈つてもらつた。久し振りに気持ちが善くなつたので、鍛冶屋町の店を訪問した。二十数日間の新聞の綴込みが見たい為めで有つた。然し勿論、父の様子も伺ふ為めで有つた。

 村井は洋服を着て店の椅子に腰を掛けて居た。外には誰も居らなかつた。栄一が這入つて行つた時に、村井は状紙に何か頻りに書いて居た。そして栄一が店と庭とを仕切る『バー』に倚りかゝるまで知らぬ顔をして居た。それで、栄一は『村井さん、今日は……』と挨拶をした。村井は気乗りがしない口調で、

『おや、坊々(ボン/\)、どうしていやはるんだ? お父さんの所へはお便りなさいましたか?』

『いや……何とか云うて来ましたか?』

『先達つて、大旦那が東京へお越しの節、一寸お立寄りになりましたが、「若旦那はお達者ですか」とお尋ね申しましたら、家を出てもう二週間も立つが何の便りも無いと云うていらつしやいましたが……あなたは、こゝにいらつしやつたのですか……丸坊主になつて居らつしやるから、一寸会つてもわかりませんな……大層痩せて、お焦げになりましたな。一体どこにいやはるんです?』

『父は心配して居りましたか?』

『いや、別に』さう云つて村井は急しく手紙を書いて居る。栄一に対して全く愛想が無いこと甚しい。然し彼はそれを別に気にも咎めなかつた。彼は金と力の無いものが、此世界で尊敬せられないことをよく知つて居た。然し東京から帰つて来た時の接待振りと今日のそれとの差は甚しいのに驚いた。それで、何だか悲しくなつて、新聞を見せて貰ふ勇気も無く、そのまゝすご/\と東出町の権蔵部屋に帰つて来た。そして、一枚の煎餅蒲団にくるまつて泣いた。店を出る時に、村井は栄一の住所を尋ねて居たが、栄一はわざと返事をせずに飛んで帰つた。

 その後、栄一には辛いことが続いた。仕事先で毎日の様に負傷した。そして睾丸政に毎日いぢめられた。然し詩が無いことも無かつた。日中瓦屋根を踏んで土を運ぶ時に、正午の太陽が上からカン/\照りつけて、瓦が玉の様に光ると、彼は労働の神聖を思うた。そしてその瞬間が彼には最も宗教的な時であつた。

 彼には進歩も成長も無かつた。彼は自らこの頃の生活を『銅線の生活』だと叫んだ。たゞ時間的に延長するのみで、それ以上進化する望みも何にも無かつたからである。

 雨が続いて降つた。そして権蔵部屋の男はみな毎日、家でごろ/\して居た。賭博がはづんだ。賭博をしないものは通名『讃岐』と云ふ三十男の病身ものと栄一だけで有つた。喧嘩も毎日のやうにあつた。葬式も一つ出た。それは、川崎造船所の雑工に雇はれて居たものが鉄板に跳ね飛ばされ即死したので有つたが、その葬式には栄一もほと/\労働者の生活の悲哀を思はされた。

 そして来る日も来る日も雨がつゞいて、まる九日間は食ふばかりで、仕事には少しも出なかつた。それでその間の食費は全部借金となつた。そして栄一はこの借金を支払ふ為めに二ヶ月は、たゞ働きをせねばならぬと云ふことを考へてラサールの『賃銀鉄則』どころでは無く『賃銀地獄』と云ふことを思ひついた。栄一は古着屋の店先を通る時――餅屋の前を通る時――生れて始めて泥棒してみたいと云ふことを感じた。

 彼は彼の手と足を見詰めた。そして自己の姿を見詰めた。そして自分の悲惨な姿に泣いた。社会は改造することも何にも出来ぬ程固結してしまつて居るので、彼が労働運動など夢みてゐたことは全く夢で有つたのだ。日本の労働者は眼醒すことが出来ぬ程疲れ切つて居る。

 彼は毎日この疲れた日課を繰返した。そしてそれが月の何日で、何曜日であるかも忘れた程で有つた。丁度雨の晴れた第一の午後、彼が脇浜の山口の建築場から大勢と一緒に帰つて来る時であつた、栄一は兵庫の店の穂積と宇治川尻でひよつくり出会した。勿論穂積が知らう筈は無かつたが、栄一から声をかけた。栄一は印絆纒に草鞋と云ふ風体であつたから穂積は吃驚して居る。

『坊々……そんな風でなにしてゐやはるんだ? あんたも物好きやな』と冷かされた。それに対しても栄一は別に何とも答へなかつた。

『内へ帰りなはれ、私からうまいこと云うてあげまつさ……然しな、ぼん/\、大将は、どえらい大病だすとさ。もうあかんと云うて居つたわ……腸チブスやと。栄一つあん帰つておあげやす、あんたも親不孝やな、学問するとあんたのやうになるから私しや嫌ひだ』

『え、お父様……病気? もう、あかんて?』

『今日位ゐうちが帰つたら、「死んだ」と云ふ電報が来とると思ふね』

 栄一は非常に憂欝になつた。それで漸く、

『お父様がわるかつたと云ふ電報が来たら知らしてんか?』と云ふ言葉が喉から出た。

『知らさなくてどうするものか、後継ぎぢや無いかあなたは……然し、栄一つあん、あなた一体何処に居やはるのだす? 村井から此間、あなたが貧相な姿をして店に見えたと云ふことだけ聞いたけど、一体どこに居やはる、わからんもんやさかい、お父さんのことも、もう少し早く知らさなきやならんのやけんど、失敬しとりましてん』

 栄一は穂積の親切を心よく有難く思つた。それで栄一は自分の下宿――即ち権蔵部屋のある所を詳しく教へた。それを聞いて穂積は、

『アヽ知つとる、知つとるとも、あしこかいな、ありや二番の消防の小頭の柴田のうちや、わたしあいつよう知つとる』と云うて居た。

 栄一はそれで穂積と別れたが、晩に栄一が柴田の狭い庭で立つたまゝ飯を食つて居る時に、新見の店の小僧六弥が村井からの手紙を持つて来た。それは父の死を報じたもので有つた。

 栄一は飯を半分食ひさしにして主人の柴田に理由を述べて暇を貰ひたいと申出た。その時ちゞれ毛の細目でやぶにらみのおかみさんが出て来て、

『あなたは、うちに四円五十銭の借金があることになつとるから、払つてくれはりまつしやろか』と尋ねて居た。それで栄一は初めて兵庫の店のことを話した。そしてすぐ一緒に取りに来てくれと云うた。そしてその金を取りに行く命令を受けたのは、そこに居合せた睾玉政であつた。おかみさんは飽迄疑つて居た。睾玉政と栄一と二人は黙つて歩いた。そして東出町から鍛冶屋町まで二十分以上も少しも言葉を交はさずに歩いた。

 村井は栄一の借金を払つてくれた。睾玉政は妙な眼付をしてそれを受取つて帰つた。

 その晩栄一は徳島行の船に乗つた。村井も同船した。

 栄一は村井に多く彼の顔を見せなかつた。そして話もしなかつた。権蔵部屋で『讃岐』の死を見た彼は父の死が特に意義あるものとは考へなかつた。彼はドン底で、意志は鉄の如くあらねばならぬと云ふことだけは学び得たと考へて居た。

 葬式の日に、栄一は出来るだけ、無関心であることに、心をきめて居た。然し瑞巌寺(ずゐがんじ)の葬式場で十二ヶ寺のお坊さんの後について、三度、棺のぐるりを廻つた時に、無関心では居れなかつた。黙つて歩いて居る中に、父と彼との『生』の交渉がパノラマのやうに見えた。それで、栄一はハムレツトがオツフエリアの葬列を見たより以上に――栄一はその時さう感じた――実在に対する驚異と悲哀に泣いた。凡てが神秘であつた。少しも音楽的で無い銅鐘の響き……印度的読経の音譜……栄一はその無意味な葬式の音楽を聞き乍ら堅く決心した――彼は凡ての『死』の線を飛び越えて、因襲と姑息と伝統と迷妄と戦はねばならぬと云ふことを。

 彼の前には今大きな世界がある。それは栄一が嘗て父に云つたことのある大きな脳病院である。……軍国主義と、資本主義の『パラノイア』に悩まされて居る、地球大の脳病院である。栄一が発狂して居るのか、地球が発狂して居るのか、戦ひは之れからであると決心した。

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