29話 四つの都 二九 庄造の書斎。
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節子と庄造が向い合っている。
庄造の机の上に、小さな仏像が一つふえている。
節子「お忙しくございません?」
庄造「忙しいです。で、私はどの客にも五分間しか会わない主義になってるんで……用件を伺いましょう」
節子「その仏像を譲って頂きたいのですが……」
庄造「ほしい理由を説明して貰いましょう、なるべく簡単に、一分間位で……どうです? 女の方はとかく饒舌だからね、もっとも、わたしの息子は男だが、仕事の事で喋り出すと一人で二時間位演説しますがね」
節子「じゃ、簡単に申上げますわ、その仏像は私の家に先祖代々伝っていた物ですが、父がハワイへ渡る時、奈良の骨董屋へ売ってしまいました、父は昨年なくなりましたが、その時の私への遺言に、ハワイへ来てから、始めて先祖代々の品を売払った事を後悔した、お前が日本へ帰ったら、買い戻して、しかるべき寺へ納めてくれ……」
庄造「仏くさいうがった話ですな」
節子「で、私はこの間交換船で帰ってから、奈良、京都、大阪と、転々と移っているその仏像のあとを追うて来たんですの」
庄造「そして、本日ここで遂にめぐりあったという訳ですか」
節子「えゝ」
庄造(仏像を手にして)「実にいゝものだがなァ、しかしそういう訳だとすると、カイザルのものはカイザルに返さゞるを得ないですな」
節子「じゃ、譲っていただけます?」
庄造「うん、近頃譲る事に馴れているんでね、近く財産を譲る事になっています」
庄平、はいって来る。
庄造(庄平を指して)「……この男にね」
庄平「お客様ですか」
節子、振り向く。
節子「あら」
起ち上る。
庄平「やあ(と簡単に挨拶して、庄造に)お父さん、万年筆落ちてませんでしたか」
庄造「はてね」
庄平(節子に)「いらしてたんですか、どうも失敬しました」
節子「いゝえ、お邪魔してます」
庄平「こゝでお眼に掛るとは思いませんでした、偶然って奴は続き出すと、きりがないんですね」
節子「えゝ、でも、なんだか、古風な言い方をしますと、仏像に導かれているような気持が致しますわ」
庄平「仏像って何ですか?」(と、節子の気持に水をさすような質問を無意識にする)
庄造「……二人とも、掛けたらどうですか」
二人、掛ける。
庄造「坐った序でに、胸のポケットを見たらどうだね、庄平」
庄平(言われた通りにする)「ああ、ありました」
(万年筆を抜き取る)
庄平、手帳に何か書きつける。
庄造「忙しそうだね」
庄平「えゝ、色々ね、会わなきゃならない人が多いので、忘れぬように書きとめて置かなくっちゃ」
庄造「その中には、偶然会う人もあろうし、成程忙しいらしいが。判ってるね、あと三日だよ」
庄平「何がですか」
庄造「見合いだよ」
庄平「はあ、あゝ」(曖昧な返辞)
節子(はっとするが、やがて庄造に)「あのゥ、失礼ですが、その仏像いか程でお求めに……」
庄造「あゝ、代金ですか、いや、それは戴けません、進呈します」
節子「でも、それではあんまり……」
庄造「戴いても、皆この男の物になるんでね……それに失礼だが、あなたはお父様はおられないようだし、ハワイから帰って一人ぽっちで居られると、やはりあれだしね、ま、お金は持ってらっしゃい」