34話 四つの都 三四 名曲堂。
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表に雨が降っている。
十吉がはいっている。十吉、棚を指す。
十吉「葉子ちゃん、そこにショパンの『二十四の前奏曲』があるだろう?」
葉子「えゝ、あるわ」
十吉「その中の『雨だれ』というのを掛けてみてくれ、たしか十六番だ」
鶴三「『雨だれ』なら、十八番だ、蜂谷さんの、だって、雨の音楽だろう?」
三人、笑う。
その楽しそうな、内部の雰囲気を、硝子扉の外から、覗いている少年がいる。
雨に打たれて――新吉だ、中へはいりかねている。
(扉がしまっているので、中の音楽や笑い声は聞えない)
中では『雨だれ』が鳴っている。その雨滴の如く、ポトリ/\落ちて来るリズム。
硝子扉に雫が伝っている。その扉に新吉の瞳を凝らした白い顔が吸いついているが、誰も気づかない。
十吉「巷に雨の降る如く、わが心にも雨が降る……か、こういう詩知っているかい、葉子ちゃん」
葉子「うちはハイカラな文句は何にも知らん」
鶴三「うちは流行歌は扱わない事になってますんでね」
葉子「蜂谷さんの文句、みんな雨のことばっかし」
十吉「自分でも情けないと思うよ。畜生! 処で、僕が南方へ行ってしまったら、寂しがってくれる人がいるかな」
葉子「喜ぶ人もいるわ」
十吉「誰だ、そいつは」
葉子「夜店出しのおっちゃん」
この時、店の間の小鳥が突如鳴声を立てる。
葉子「あら、鳥が鳴いたわ」
十吉「鳴きたい奴は鳴かしとけ」
葉子(新吉を見つけて)「あら、新ちゃん!」
鶴三(も見て)「新坊じゃないか」
途端に、新吉が飛び込んで来る。
鶴三(レコードを止めて)「どうしたんだ今頃!」
新吉「…………」
おど/\している。
鶴三「なぜ帰って来たんだ」
葉子、はら/\している。
鶴三「仕事がいやで帰って来たのか」
新吉「うゝん、仕事は面白い」
鶴三「寄宿舎がいやなのか」
新吉「うゝん、寄宿舎かて面白い」
鶴三「じゃ、なぜ帰った? 言ってみろ」
新吉「………」
鶴三「言ってみろ」
新吉(思い切って)「昨夜、雨が降ったやろ?」
十吉、眼をキョロ/\させる。
十吉「降った」
変な顔をする。
新吉「寄宿舎で、雨がポト/\降ってるのん見てたら、家が恋しなったんや、お父っちゃんの傍で寝たいなァ思たんや」
小鳥、鳴く。
葉子「そんで、帰って来たの?」
新吉「うん」
鶴三「だれにも断らずに、汽車に乗ったのか?」
新吉、渋々頷く。
鶴三「莫迦ッ!」
始めて本気で怒った声を出す。
十吉「新坊の気持は判るんだが、然し……」
鶴三(十吉の言葉をうけて)「一日休めば一日増産が遅れる、お前が一日工場を休んだら、それだけ飛行機の増産が遅れるんだ、それ位の事は、お前が配ってた新聞にも書いてあったから知ってるだろう」
十吉「僕もそのことは何度も書いてたぞ、新坊!」
新吉、悄然としている。
鶴三「直ぐ工場へ帰れ! お父っちゃんが名古屋まで送ってやる(十吉に)蜂谷さん済みませんがあんた、急行券二枚……」
十吉「よし来た、名古屋までだな、駅で待ってるよ」
十吉、身軽に飛出して行く。
葉子(鶴三に)「せめて、晩ご飯たべて行ったら……? もう出来てるんやけど」
鶴三「じゃ、そいつを弁当に詰めてくれ、汽車の中で食う」