22話 十九
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義雄はこの頃新出版書の校正やら、新事業の調査計畫やら、お鳥のまた痛みを訴へ出した面倒やら、いろんな惡口を云はれてゐるのを知つてるやらで、殆んど全く友人を訪問しない。
秋夢の處へも、笛村の處へも、大野や村松の處へも珍らしいほど丸で無沙汰だ。
向ふから亦滅多に來ない。と云ふのは、女のもとにばかり入り浸りになつて家には殆んどゐないだらうと云ふ間違つた推察を、すべての友人が持つてゐるからである。
度々やつて來るのは、ただ加集泰助と云ふ國の小學校時代からの友人で――いろんな社會へ首を突ツ込んで、口錢取りをしてゐる。殆ど全く英語が讀めないのに、ハガキなどへよく自分の姓名を羅馬字のかしら字だけで書いてよこすので、多少英語のやれる千代子などは馬鹿にして、
「加集さん」と、おもてには尊敬しながら、かげでは「あのTK」と呼び棄てにするのを常とした。
義雄はこの男を新事業の相談相ひ手にした。口さきばかり上手な男だと思つてるから、無論、さう深いことは打ち明けない。が、いろんなことを實地に就いて調べて來て呉れるのが調法だし、また、第二流、三流の實業家なら大抵の人を知つてるから、いざと云ふ場合の橋渡しにはなりさうだ。
義雄の計畫とは、先づ蘭貢米の輸入である。この計晝は渠が數年前既に或老友の手したになつてやりかけたことだ。七八ヶ月もかかつて、向ふと手紙の往復を數回したり、向ふの事情やこちらでの賣り捌き方を研究したあげく、大船一と船の註文を電報するいざと云ふ場合になつて、資本家の某は保證金を入れるのも自分だから、註文も自分一手でやると云ひ出した。
「何のことはない、お膳立てをして、御馳走にあづからなかつたも同然だ、なア」と老人もがツかりした。
それを今度は義雄自身が主になつてやつて見たいのである。
今一つは九州の或炭鑛の無煙炭を、茨木無煙よりもずツと安く、東京並びにその附近までも持つて來られることが分つてゐるので、その賣り込み方を競爭して見ることだ。
そのどちらかに手を付けようとするのだが、義雄はまだどちらとも決心することが出來ない。
「そりやア、どんな大きな計畫でも、計畫だけは立ちます、さ。けれど、その資本はどうするんです?」かう、千代子は加集もゐる室へ這入つて來て、ぶしつけに云つた。二人は物好きに買つて見た馬肉鍋を突ツつき合ひながら、晩酌をやつてゐた。
「まア、奧さん、一杯」と、加集は千代子に盃をさしてから、「資本と云ふのは、その今、僕が資本家を見付けて來ます。」
「うまくそんな人が見付かればいいですが、ね。」かの女は一向に信じない樣子だ。そして、こちらがこの家を賣つて資本を拵らへようとしてゐるのを感づいてゐたかして、「この家を賣るやうなことはわたしが不賛成ですから、ね、これだけは前以て斷わつて置きます――亡くなつたお父アんから、あとはしツかりお前に頼む、義雄のやうにうか/\してゐても困るからと、わたしが重々頼まれたんですから。」
「生意氣なことは云ふな――あツちへ行け!」義雄はかう千代子を叱りつけて、加集に猪口を返した。
渠の胸には、實際、家を賣つてもと云ふ考へがあつた。それを知つて、また加集がつき纒つてゐるのであることも分つてゐた。
新出版物の校正のことで、築地の或印刷所の主任と云ひ合ひをした歸りだ。義雄は喧嘩のあとで意志が通じたと云ふいい氣持ちを味はひながら、電車を芝公園の御成門で下りると、向ふから海軍水路部の前を、弟の馨がいそ/\とやつて來た。不斷のやうなぼんやりツ子でない樣子も變だと思はれた。田舍の村長じみた洋服のおやぢが一緒に附いてゐる。
「どこへ行く?」
「一週間ばかり前橋へ行つて來ます。」
「さうか」と答へた切り、行き違つたが、あれが上州にゐると云ふお君のおやぢで、飮んだくれの警部だ、な、と分つた。
お君と云ふ女は今も小學校の教員ださうだが、我善坊に住んでゐた時、お鳥と共にお轉婆の仲間であつたのを繼母が知つてゐるので、馨との結婚に不贊成を唱へてゐる。然しそれは、一方に、繼母が自分の姉の娘を入れようとしてゐるからなので――その目的は丁度、かの女が四十歳でこの家へ來立てに、義雄の千代子と出來た仲を裂いて、おのれの貰ひ娘を入れようとしたと同じだ。
「さうおツ母さんの都合いいやうには行かない。」と、義雄は明らさまに云つて、その代り、安心して隱居で澄まし込んでゐればいい。父がゐないからツて、父の後添ひを虐待するやうなことは、兄弟ともしないからと語つたこともある。
然し繼母に取つてはすべての目論見がはづれてしまつたのだ。貰ひ娘は、かの女がここへ這入る前に、自家へ下宿人を一人置いてたその人と一緒になつてしまつた。お君のある爲めに姪を入れることも出來なくなつた。比較的に子飼ひながら育てた馨にあとを繼がせようとしたのも、矢ツ張り戸籍の命ずる通り、義雄が取つてしまつた。その上、つれ添ひには死なれた。
今の戸主たる義雄に對しては、かの女は若し腹を洗へば合はせる顏がなからう。渠はこれをよく察してゐるから、成るべくそツとして置くのであるが、どちらかと云へば、腹を痛めさせない母によりも、骨肉のつながる馨の方へ加擔する傾きは自然であつた。
馨が前橋へ出かけて行くのは、繼母に取つて、優しい庭鳥の羽含み孵した家鴨の子が水の中へ逃げて行くやうな痛ましさがあるとは察しながらも、義雄はなほ弟の出來た戀には少しも反對が無かつた。
が、ただ一つ義雄があはれに思つたのは、自分も既に經驗して分つてゐる通り、その戀人が年上の女だから、やがては、きツと、飽きが來ると同時に、そのいづれ、兄の承認を經て形成する家庭も、第二の田村家たる悲慘を現出するだらうと云ふことだ。
が、また考へると、自分と違ひ、弟は最も卑怯だ。臆病だ。そして素直だ。年上の女をでも、神經質に叩き落してしまうやうな思ひ切りはないかも知れない。
「あれでお鳥とも關係したものとすれば、どツちがさきへ手を出したらう?」この問題は、もう、さして義雄の氣に懸らなくなつた。人摺れのしたお鳥が手を出しかけたかも知れないが、正直に一人を思つてゐるらしい馨は、きツと應じなかつたに相違ない。
こちらはお鳥に對する熱心が段々冷えて來たのに反し、お君に向ふ馨のあの嬉しさうなざまを見ろ。――丁度、十六七年前、千代子とおれが出來た時の年輩でもあるから。
かう思つて、義雄は振り返つて見た。木綿着だが小ざツ張りした姿の馨が、一心にかかへて行く布呂敷包みは、繼母に包んで貰つたのだらうが、その一週間に必要な自分の着更へか、寢卷きらしい。義雄は獨りで吹き出して、斯う考へた。
「何だ、馬鹿々々しい、その日通ひの目かけぢやアあるめいし!」
馨が巴町の小學校へ移るまで行つてゐた代用小學が、海路部の前から愛宕山と芝公園との間を登つて西の久保廣町へ下りたところにあつた。
また、弟の餓鬼大將の手下どもであつた蝋燭屋や、葉茶屋や、或はまた藥り屋の息子連の店が神谷町、八幡町などにある。
かう云ふ道を通りながら、義雄はその弟と弟の溺愛者であつた父とのことを考へつづけた。弟は餘りに溺愛された爲めに意久地なしの世間見ずに育つたし、繼母はまた父のこの愛を利用して弟の方に下宿屋を繼がせようとした。
そして家に行きつくと、玄關の廊下から裏縁へ出たところで、池を隔てた離れの繼母から聲をかけられた。
「馨が、ねえ」と、かの女は人よりも早く出した綿入れを着て、向ふの縁がはへ出て來て、寒さうに二つの袖を胸で合はせながら、「一週間ばかり、前橋へ行つて來るから兄さんによろしく云つといて呉れいツて云ひ置いて行きましたよ。」
「ああ、今、そこで會ひました。」
「さう――兄さんがおこりやアしないかツて、心配してイましたよ。」
「ふん!」縁がはの端を足で無意味にこすりながら、「あれがおやぢなのか――田舍の村長臭い?」
「ええ、さうですよ。あの人が來いツて、つれてツたの。」
「嬉しさうに、いそ/\して、さ、丸で男めかけがお約束にでも出かけるやうなざまであつた。」
「ほ、ほ! 可哀さうに――着たツ切りでも困るだらうと思つたから、寢卷きと不斷着を持たせてやつたのです、わ。」
「男めかけとは、さすが、あなたの思ひ付です、ね。」千代子も、突然かう云つて、をかしさうに鼻に皺を寄せながら、勝手につづいた子供室から縁がはへ出て來た。
その頓狂な聲に驚いたのだらう、脊の高い丸太を立てた上に載せた手洗鉢のわきの枯れ竹に、一羽とまつてゐた雀が、ちゆツと啼いて飛んだ。その拍子に南天の赤い實が一つ、二つ落ちた。
義雄はそれを見て、いやな物が自分のそばへ近づいたと思ひながら右の方へ少し避けた。そして、千代子には頓着しないと云ふ風で、目を伏して池を見詰めながら、
「もう、やがてこの金魚にもござか何かかぶせてやらなけりやア――」
「うちでは、それどころぢやアありません、わ」と、かの女は別な意味に突ツ込んだ。これも少し袷せを寒さうな風だ。それでもその義理の弟の噂に立ちまじる考へでか、「でも、わたしはあの子が一番好き、さ――素直で、正直で、また兄弟思ひで。」
「素直ぢやア御坐んせんよ」と笑ひながらも、繼母は少し考へ込んだ樣子で、「隨分薄情になつて來ました、わ。」
「そりやア、段々とおとなじみて來たのだ。」かう義雄は云つて、繼母にそれとなくあきらめさせるやうに、「親がいつまでも、いつまでも、子を思ふままに出來ると思ふのは間違ひだ。子は一人前になればなるだけ、その一人前の考へなり、精神なりが出て來る。それを、親と云ふものは自分を疎んじて來たと思ひ違へ易い。世間の舅や姑が嫁いぢめをするのも、みんな、わが子に對してそんな間違つた考へを持つてるからのことだ。」
「さうでしよう、ね。」繼母はただお愛相にらしく答へた。
「馨さんも、もう、元の五厘男ぢやアありません、ね」と、千代子は洒落のつもりらしい。
「五厘男」とは、馨が元五厘づつねだつて、通りの駄菓子屋に行つたのを繼母が名づけた綽名で――その頃は意地が惡いかの女が無邪氣な渠を抱き込んで、義雄と千代子とに最もひどく當つてゐたのである。
「‥‥」
執念深くついて來た千代子を見向きもせず、義雄は自分の書齋の座に就くと、「火を持つて來い」とはわざと云はないで、ただから火鉢の灰を火ばしでかきまはした。そして、まだ耳がよくならないのに、またむづがゆい痔の起る時節が來たのを考へた。
渠は殆ど年中病氣の絶えたことがない。比較的に腦力と消化機能とは丈夫だと思つてるが、教師としてさきに滋賀縣へ行つたのは、肺病の保養を兼てゐた。それは然し米國の哲人エマソンの場合に倣らつて、藥りに由らず、自己の意志で直したと信じてゐる。然し、その後も毎年仕事が續き、徹夜などが度かさなると、神經の疲勞に乘じていやな咳と肺尖加答兒が起るので、學校の長い休暇/\には、必ず海のしよツぱい空氣を吸ひに茅ヶ崎の借家へ出かけた。それが遠のくと、また心臟だ――息切れだ。夜、近眼の爲めに横丁の荷車にぶつかつた生傷だ。痔だ。鼻だ。痳病だ。人力車で引き落された腕の痛みだ。電車に飛び乘りかけてしくじつた足の傷だ。またこの耳だ。近眼と齒痛と淺い呼吸器病と心臟の人並みでない、鼓動とは殆ど常のことだ。それでも毎日、思索か、執筆か、勉強か、遊戲か、談話か、徹夜を絶やしたことはない。
「デカダン論」の如きは、ひどい痔で床の中にぶツ倒れながら書き終へた。商業學校でやつて有名になつた語學演説などは、どもりながらも、大聲で二時間半もしやべつたが爲め、他人の聲か何ぞのやうにしやがれてしまつた。
「然しそれでこそ人生は活きる價値があるのだ」と、意地にも渠は自分を古英雄の雄壯な形式に近代的な内容を加へたものに譬へ、自己の發展、渠のいはゆる獨存自我の發揮はこの努力一つにあると信じてゐる。
今回、計畫中の有形的事業を云ふのも、つまり、この努力に過ぎないと思つてるのだが、追ひ/\寒さに向ふので、ふと氣が付いたのは、日本の極北、樺太で、鑵詰技師をしてゐるいとこのことである。あれを使つて、外國貿易、殊に米國へ輸出貿易品中の一要素なる蟹の鑵詰をやらう。
「あ、蟹の鑵詰!」渠は思はず膝を打つて喜んだ。この事業のことは、いとこが去年歸つてゐた時も、義雄が父に勸めて資本を出したらどうだと云つた。が、父はそんな危險なことに手を出す必要はないとはね付けた。
それだ、それだ、多年わが國を最も子供扱ひにして來た、あの傲慢無禮な米國に對し、商賣的にわが利益の鬱憤を少しでも晴らすのもそれだと、渠は即坐にきめてしまつた。そして、厚い氷の張つた北極の氷野や氷山を探檢しに出かけるよりも以上に壯烈と愉快とを感じた。
「何を獨り笑ひしてイるのです」と、千代子がやつて來てゐた、「また清水のことでも考へたんでしよう?」
「下らないことアよせ――そんなことよりやア、もう、あの重吉が歸つて來さうなものだ、ね、樺太から。」
「あんなものア歸つて來たツて、職工も同然ぢやア御座いませんか――事業の資本なんか持つてませんよ。」
「知れ切ツてらア。」
「あの子だツて、お父アんがゐなさつたからこそ尋ねても來たんでしようが、あなただけでは親類にも人望がありません。人に笑はれるやうな行ひをしたり、出來さうもない事業なんか計畫して見たり、さ。」
「手めへの知つたことぢやアない!」
「でも、ね、おツ母さんも亦越後の娘の方へ行くと云つてますよ。」
「行きたけりやア、勝手に行くがいい、さ。」斯う、ぶツきら棒に云つたが、義雄はひやりとして、母こそ薄情だ。父の四十五日をしほらしく蝋燭に線香を立ててゐたのも、ほんの、うはツつらの所業で、内心はその時から逃げ腰であつたかも知れない。いやににこ/\しながら、この頃のわさ/\してゐたことはどうだ? 行くなら行け! かう思つて、「何物でも、この自分を遠ざかるものは、もう、無關係だ。そして無關係はその者の死だ。父と同樣、宇宙の存在を失ふのだ」と心に叫んだ。
と、同時に、曾つては自分の妻にならうとまでしたあの女が、やがては雪も降らうと云ふ長岡へ、老いて痩せた母を呼び寄せ、下女同樣にこき使つて、安軍吏との仲に出來た多くの子の子守りをさせようとするのだらうと考へた。そして、あはれな母が今弱い立ち場にあるに乘じて、こちらは母を奪つて行かれるやうな氣がした。
「おツ母さんが出て行くと云ふのも、そりやア、元はと云やア」と、千代子は執念くこちらに忠告するつもりらしかつた。いやに落ち付かせたきよと/\がほを突き出し、「あなたを信じないからです。僅かの間でも馨さんが出て行くし、おツ母さんも近々ゐなくなるし、友人だツて、あなたを喰ひ物にしようとするTKのほかは、この頃ぢやア誰も來やアしないぢやア御座いませんか?」
「來ないものア來ないでいい」とは反抗したが、義雄はこの頃よく感じもし、主張もしてゐる自我の絶對孤獨と云ふことが、つく/″\自分の身に染み込んで來た。そしてそれが心のどん底に水晶の氷のやうな冷たい火を點じたかと思ふと、然し段々燃え出して來て、先づ健全な腸に移つた。腸から、また酒やアブサントや待ち合の料理や西洋料理を受けた胃ぶくろに移つた。胃ぶくろからまた、或時、健康状態で脈搏を二百以上も打つて醫者を驚かした心臟に移つた。それから、また肺臟に移つた。肺から、また横ツ廣がりではなく、體の前後にゆとりを持つた胸膈に移つた。父のを遺傳したと思ふ痔の箇所に移つた。のどぶえの飛び出た頸、骨ツぽい手足や毛脛にも移つた。
それがまた一ときにぱツと燃えあがると、おほ空一面、火の海のやうにくれなゐのほのほとなつた。
義雄はいつの間にか全身が熱鐵のやうに燒けて、いのちだけは取りとめようとしてゐるやうな最も悲痛な氣持ちで、自分の目を千代子に向けた。そしてこの目が物を云つてるのだぞと云はぬばかりにして、低い、重い、強い、且深い調子で、
「友人は來ない。馨は行つた。母も出て行く。これで清水が自殺でもし、貴樣が姦通なり頓死なりして、餓鬼どもが揃つて燒け死んで呉れたら、おれの行動は最も自由だ。直ぐこの家を賣り飛ばして、おれが資本その物となつて、樺太へ行つてやる。」
「そんな馬鹿なことが出來ますか」と、千代子も意地になつたらしく、「お父アんの家です――先祖代々がここに、まア、云つて見りやア、結晶した家です。決してあなた一個の自由にはなりません。」
「先祖がおやぢになつたのだ――おやぢが乃ちおれだ! 死んだものや死んで行くものに何等の權威も實力もない!」
「でも、わたしが活きてる間は」と、堅い決心のある色を見せて、「決して許しません!」
「だから、早くくたばつてしまへ!」
「ひどいの、ね!」かの女はあきれてしまつた。然し、少し調子をゆるめて、「あなたはよく死ぬことをおツしやいますが、ね、二人の子供が死んだのを豫言――まア、豫言でしよう――したのは、全體、どう云ふところからですの?」
「産れた時の泣き聲を聽いてだ。」
「どう違ひます?」
「活きる奴のは悲痛だ――死ぬ奴のはぼけてる。」
「でも、富美子と諭鶴のは當らないぢやアありませんか? それに、里にやつてあつた赤ん坊だツて、取り返してからも丈夫に太つてますもの。」
「然しどうせ死ぬ、さ」義雄は斷定して、思ひ出したことには、繼母が生れ立ての子にあんな神經病らしい千代子の乳を飮ませるのはよくないからと勸めて、東京近在の里ツ子にやつたのを、この頃、千代子が取り返して毛だ物の乳で育ててゐる。
「そりやア、人間は誰れでもおしまひにやアどうせ死にます、わ。」
「ぼけて來りやア死ぬ、悲痛な間は活きる。」
「わたしはまた別な風に考へて見ました、わ、それが例の星ですの。」
「よせ、下らない。」
「では」と、冷かしの態度に變じて、「清水のゐるところを當てて見ましようか?――何でも、斯う」と、かの女はうツとりして、目を内部に向け、「森のある近所ですの。」
「‥‥」義雄は思はずぎよツとした。
「芝公園でなけりやア、山王さんの森かと思つて、探してゐるが、どうも、それ以上はまだ心に感じて來ませんの。」
「もつと、呪へ、呪へ」と、輕蔑したつもりであつたが、義雄はかの女のヒステリ的に精神に異状があると信じてゐるだけ、そこにまたちよつと一種の不思議な感じがして、自分が去年からわざわざ覺めるやうに努めて來た夢ばかりのやうな神祕の世界を、再び思ひ浮べずにはゐられなかつた。そして、事業の樺太も、千代子のとは別種だが、性質は同じやうな熱心と專念とに浮んだ自己その物の示現だらうと考へて、かの女には内證で、今年はまだあちらにゐるのだらうと思ふいとこの重吉に、直ぐ歸れといふ電報を出した。重吉が歸つて來て、うまく相談が整へば、渠を技師としてわが北端の新占領地へ蟹の鑵詰事業を開始し、その資本はいよ/\この家を抵當にして出すつもりである。