24話 二十四
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その翌日、氷峰の下宿で朝晝兼帶の食事をやつたが、敷島にあつくなつてゐると思はれるのが不本意だから、義雄は不斷の開放的談話家に似合はず、井桁樓のことは餘り口に乘せなかつた。
然し今晩も亦行つて見たくなつたので、たの字よりとして、女に當て午後六時頃には行くから、部屋を明けて置けよといふことを、ハガキに書いて送つた。それほどなら、けさ出る時云ひ置いて來ればよかつたのだが、さういふのが何となく意久地ない樣な氣がして、相變らず、つらい心を冷やかに見せて歸つて來たのだ。
北海實業雜誌を送つてやつた。それは約束であつたのだが、どうせ行くのなら持つて行つてやつてもいいのに、それとこれとは何だか別なことであるかの樣な氣がした。且、また、自分の行くまでに雜誌を見て、自分が實際何をやつてゐるかといふことを知らせて置きたかつたにも由るのだ。
今度は裏門から這入つて、裏玄關のがらす戸を開けた。すぐそばの便所のにほひがアルボースにうち消されたまま匂つて來る。そのにほひは、丁度、自分が穢い方面に這入りながら、目をつぶつて、心の内容を披瀝する氣持ちの樣に思はれ、それによつて、義雄は自分自身の現在の立ち場をよく嗅ぎつけることが出來た。
戸についてゐる鈴が鳴つたので、おもての方から番頭が草履を持つて飛んで來た。かれにさき立つて階段を二つに折れてのぼり、廊下の角の左り手の部屋へ行かうとすると、
「ちよツとこちらへ」と、右の方へつれて行く。
「畜生! けふはまはし部屋だ、な」と思ひながら、先づおもて二階の廣間へ行き、低い大きな飯臺の前に腰を据ゑる。
やがて敷島がにこ/\してやつて來た。然し臺を隔ててさし向ひになり、義雄の浮かない顏を見た時は、かの女も眞面目臭くなり、
「今晩は濟みません――あなたのハガキが一と足遲く來たもんだから、部屋がふさがつたのです。」
「然しさう遲く屆いた筈ではない」と、義雄は重い、浮かない聲で、「かな棒時間よりも早かつたに相違ない。」
「それでも、お客さんがさきへ來たら、仕やうがない、わ。」女もうらみ聲で云ひ爭ふ樣に云ふ。
「仕やうがないから、おれも仕やうがない、さ。」
「では、歸ると云ふの?」
「ああ、歸れと云ふなら、歸る、さ。」
「誰れも歸れとは云はないぢやありませんか?」
「ああ、誰れも歸れと云はない、さ。」
「それなら、素直にしてゐたら、いいでは御座いませんか」と、女は笑ひながら臺をまはつて來て、男のそばへぴツたり坐わる。
「今晩は生憎なんだもの――でも、一人でも急がしいなら、喜んで呉れるのが當り前だのに。」
「そりやアお前の爲めには喜んでゐる、さ。然しおれが不愉快なんだ。」義雄はまたいや味を云ひながらも、出て來た臺の物に向つて、猪口の取りやりをした。
まはし部屋に引けてから、女は茶を入れて置いて、寢床を取りながら、
「これでいよ/\なじみになるの、ね」と云ひ、をととひの初會、ゆうべの返し、今夜からなじみ、つづけて來たのだといふことを嬉しさうに語る。
「おなじみがふえて結構でせう」と、義雄は冷かす。
「‥‥‥‥」女は冷かされてもただにこ/\しながら、本部屋の方から、わざ/\、綺麗な枕や赤い肩敷き――義雄の親しみある――を持つて來て、休む仕度をする。
その間に、左近を初め、その他の女が澤山入り代り、立ち代り、やつて來て、叮嚀らしい挨拶をしながら、義雄の顏を見て行く。渠は「人を見せ物にしてゐる」と思つたが、實は、敷島が色男を得たと云ふわけで、その祝ひらしいことを皆にさせられ、皆はまたその禮に來たのだと分つた。
「向うのお客を棄てて置いてはよくなからうよ。」義雄はいや味半分、粹半分の心持ちで云ふと、
「なアに、今、どこかへ遊びに出て行つてゐないから」と答へながら、床の中へ這入つて來た。そして、男と横に向ひ合つて、これで、まア、安心といふ樣子だ。
義雄の判斷では、この種の女等は殆ど戀しいといふことを知らない。朝、目がさめて、客を送つてしまへば、その日の晩はまた同じ人が來るか、來ないか分らない。たとへ戀しいと思つても、その人が來なければ、それツ切りのことだ。
客の歸り姿を送つて、また來て呉れればいいと思ふことはいくらもあらう。然し、その代り、門を一歩離れてしまへば、自分の心はもう屆かないといふ經驗を幾度もしてゐる。
渠等の人生は曲輪の中に限られてゐて、そこを離れたものはすべて死でもあらう、虚無でもあらう。ただ男を自分のそばに引きつけてゐる間が、その商賣でもあり、生活でもあり、生命でもある。そして、その男が好きであり、可愛くあれば、その間だけ眞實の生活がある。
かう思ふと、義雄はこの種の女が自分の主義をちひさく實現してゐる樣に考へられる。曲輪以外は死または虚無の空想界である。無經驗、無思慮の女は、一般の俗習家等の空想界に求める理想と同樣、頼むに足らない死人同樣の戀を追うて失敗する。然し本當に思慮あり經驗ある女は、全く空しい戀などに一時の安心を求める樣なことはしないで、自己の苦界に密接して來た戀をばかりその場の實質ある糧にする。だから、握つた間はその男を離さない。これが却つて最も切實な、最も遊戲分子の少い愛であらう。
自分に對する敷島が、然し、そんな切實な愛を持つてゐるか、どうだか分らないが、それと同じ樣な心持ちにはなれる稼業だと思ふと、その樣子振りから言葉つきに至るまで、義雄にはそれと取れないこともない。
そして、義雄があがつた時、女は渠の送つた雜誌を店で繰りひろげ、渠の書いた談話を讀んでゐたところであつたと語つた。そして、女は少し取り澄ましながら、
「僕はこれまで文學者であつた。これからもやツぱり文學者でつづくのだ」と、暗誦して見せる。その眞意が分つてゐるか、どうか知らないが、ただすら/\と、雜誌に出た義雄の文句通りを暗誦し、そのあとに書いてあることまでもお浚ひするのを聽くと、渠は自分がかの女に半ば了解された樣な氣がして、自分を今遠く離れてゐてよく理解して呉れないお鳥などよりは、ずツと親しみがある樣だ。
この苦界に辛抱してゐるほどだから、こちらと一緒になつてこちらの悲哀と苦痛とを共にすることもできないことはなからう。いツそのこと、この小づくりな女を引かせることができるなら引かせて、義雄は自分のまだ飽かない燒けツ腹のこの放浪を――無理に東京などへは歸らないで――かの女と一緒につづけてもかまはないと思つた。